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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG 


 生きることに、必死になる必要が無くなった。
 それが生物として、危険だと気がついたのは、既に手遅れになってからだった。
 仕方の無いこと、なのかもしれない。
 生き抜くために作られた人間の精神は、生き抜く必要がなくなった瞬間壊れていたんだから。
 けれど、それなりに世界は動いている。
 それなりだから、色々な問題がでてくるのは仕方が無い。社会問題にまで発展したところで、行き着くところは対処し様の無い事ばかりだった。だから、できる所は、必死で対処しようとしてきた。
 けれど、そんなお偉いさん達の苦労なんて、実際は見て取れることなんて、一つだってなかった。結局のところ世界はなにも変わっていない。変わったことといったら――
 ロボットの養護教諭が来たことぐらいだ。

 養護教諭。保健室に常駐して、学生や教職員の怪我や病気の応急処置を行い、必要に応じて病院等への搬送を行う仕事をする人。だが世界が、社会が、それだけでは許さなかった。
 つまるところ、カウンセリングが占める仕事の量が増えてきた。カウンセリングの資格をもつ教諭が求められ、そしてその数は次第に供給を超え始めた。
 しかも、激務により教諭自身が精神をやみ退職することも、少なくはなく、気がつけば需要と供給のバランスは、砂漠の中にある水が如しだった。
 ないなら、作れば良い。
 ただその一言で、ロボットが作られた。未来の希望であるところの子供達を守るため、そうしてロボットが学校の養護教諭として配属されることになったのだ。
 なんて話が、昔からあった。

 見た目は、殆ど人間と変わらない。機械と人との垣根を取り除くために尽力された姿は、遠めに見たところで区別はつかないだろう。
 でも、いかんせん学校にやってきた養護教諭は型が古かった。摩擦劣化を防ぐために儲けられた、肌にある切れ込み。つまるところ、関節や目の下から顎にかけて走る線は、隠しても隠し切れないほど、人間ではなかった。
 TiO2:K78MAHI5・TYPE―YuKi。女性型養護教諭専属ロボット。看護師専属タイプの機体を流用しているため、うってつけといえばうってつけである。
 TiO2というシリアルナンバーが、二酸化チタンの組成式と同じため、ルチル(二酸化チタンの正方晶系の結晶)と名づけられた彼女は、自分の顔を手鏡に映して嘆息。
 目から顔を分断するように走る、メンテナンスエッジをなぞっていた。
 まるで涙の痕のようにすら見える。
「失礼します」
 保健室の扉を、控えめに叩く音。ルチルは、持っていた手鏡を置くと、椅子を回転させて振り向いた。
「ハイ、どうぞ」
 言葉の後に続いたのは、扉の蝶番が軋む音だった。
 少し開いた隙間から、気の弱そうな顔が覗いた。お馴染みの顔に、ルチルは笑顔を向ける。
「大丈夫、だれもいないよ、麻ちゃん」
 保健室登校というと、聞こえが悪いが登校してくれるだけましといえば、まし。少なくても、ここに来てくれればルチルは、話すことができる。もし、学校にこなければ後は担任の教員が家に行くことになり、ルチルは只見ているだけになってしまう。
 ルチルの言葉に、麻と呼ばれた女生徒は部屋に入ってくる。
「そうだ、麻ちゃん。今日水質調査があるから後で手伝ってくれないかな」
 いつものように、荷物を置いてベットに腰掛けた麻が顔を上げる。ルチルの言葉に麻はゆっくりと頷いた。
「じゃぁ、先生はちょっと雑用終わらせちゃうね」
 そういって、ルチルは机に向きなおす。古臭い椅子が、鉄錆びの軋みを上げて小さく鳴いた。
 養護教諭の地位を与えられたロボットは、教師という立場を取ることができる。それは、必要さえあれば人間相手に命令を出すことが可能、ということである。それは、人間ではない彼等ロボットとして神が如し地位なのだ。しかし、作られたときからそのために作られているため、彼等にその差を妬んだり不満に考えることは根本的に、かけている。
 だが、ルチルは違った。既に、養護教諭専用であるロボットの数すら足りないのだ。廃棄寸前のロボットに、無理やりデバイスを増設し仕立て上げられた継ぎ接ぎ。
 だからルチルのような、いわば成り上がりにも似た境遇のロボットには、風当たりが強い。ルチルとしては、いつ首になってもかまわないと考えているのだけれど、周りがそれを汲んでくれることは無い。
 つまり報告書の作成や、結果を出すことを求められるのも、致し方ないことなのだ。
「ねぇ、先生」
 麻が呟く声にルチルは振り向かないでどうしたの、と答える。
「先生なにかいってきてない?」
 一瞬何を言ってるのか判らなくなる、がすぐに麻の担任のことだと思い当たった。ルチルは持っていたペンをゆっくりと置くと、立ち上がる。
「なにも伺ってないわ。なにか気になることでもあるの?」
 いいながら、ルチルはティーポットを手に取った。部屋の片隅にある流しには、紅茶やコーヒーなどが入れられるようにいろいろな物が並んでいる。
 その中から、ティーパックを一つ取り出すとポットの中に沈める。すぐにポットからは、紅茶の良いにおいが立ち上り始めた。
「……何にも無い」
「そう、でも気になるならいってね。先生も心配してらっしゃるから」
「うん」
 麻の小さな返事に、ルチルは軽く頷いた。
 嘘だ、そうルチルは思う。彼女の担任の教師は、何も言ってきていない。まるで、麻という生徒が自分の生徒ではないといったぐらいにだ。とくにルチルから、保健室登校をしているということを担任には伝えていない。教室で授業を受けないのなら、欠席扱いになってしまうので特に養護教諭からの連絡は必要が無い。それに、担任の教師に知られることを嫌がる生徒も居る。だから、ルチルからはなにもしていなかった。だが、いつまでたっても彼女の担任がルチルに何かを聞いてくることはなかった。
 まるで麻が居ないかのような――
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
 表情には出さず、ルチルは紅茶の入ったカップを麻に手渡した。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 麻が保健室に通い始めてから、すでに一ヶ月。そろそろ、確認ぐらいはしておいた方がいいかもしれない。
 始業のチャイムが鳴る。
 鐘が響くたび、響いていた生徒達の喧騒がだんだんと小さくなっていく。
 静かな時間が始まる。いつもどおりの、静かな時間。
 ルチルは、カップを両手で抱える麻を見下ろして、彼女を思う。一体自分に何ができるのだろうか。型の古い電子脳が、電圧に疼く。



 らい兄貴に、ロボット物と養護教諭物どっちがいいと伺ったところ、ロボット養護教諭物!? という返事が返ってきたので、急遽でっち上げてみました。
 こまい話をぽつぽつと、やっていこうとおもいます。

■保健室のこと:
 保険医っていうのは、保険証で診療できる医師のことをいうらしく、保健室の先生のことではないそうです。
 保健室の先生は、養護教諭というらしいです。それと学校医(校医)という学校職員がおかれていますが、これは教員ではなくて医師で、保健室に常駐はしていない非常勤職員のことらしいです。身体測定のときとかに来るお医者さんのことっすね。

■ロボットという表現:
 本来、見た目からいってもヒューマノイド、もしくはガイノイドと表記すべきルチルですが、表記の正確性よりも言の印象のほうを取りました。もちろん、印象は個人個人違う物ですから、一様にこれでよしとは私も思っていません。
 できれば、ロボットと言いたいけど、アンドロイドっぽい。そうおもって、調べてみたら、アンドロイドっていうのは男性型の総称でガイノイドというのが女性型だそうです。
 「人によって製造された、人間を模した機械のこと」もしくは「人型のロボット」のことをさしたいのであれば正確をきすならば、ヒューマノイドか、ガイノイドという表記にすべきです。ですが、印象からいえばアンドロイドという呼称のほうが、しっくり来るわけです。でも、アンドロイドは正式ではないし、正式ではないのならロボットといってもいいだろう。
 ということで、この作品ではあえて人型ロボットを省略して、ロボットと表記しています。
 PCをあまり知らないひとに、サイトというよりホームページといった方が伝わりやすいというような、選択に似ていると思います。
 正確さも大事ですが、それよりもまず誰にでも判る、もしくは判るであろうことも大事だと思い、こう言う形をとっております。ご了承ください。

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