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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 南井が何を言っているのか、ルチルには理解できなかった。
 果たしてそれが、自分の電子脳の処理限界なのか、それとも南井の言う言葉自体に矛盾点があるのか、それすらわからない。
 何か、決定的な何かが欠けている。旧世代とまで揶揄されるような電子脳は、必死で可能性を探り始めるが、出てくる可能性はどれだけ計算しても二つだけだった。

 小崎麻は、教室にこないのが「いつもどおり」である。
 小崎麻は、教室に居ようが居まいが、とくに「変化は無い」
「――え?」
 小崎麻が、保健室に来るようになってから一ヶ月。「いつもどおり」ではないだろう。では、もう一つしか答えは無い。
「どうしました?」
 外から入ってくる音声情報が、粘性を帯びる。視覚情報も既におかしいが、そんなことは今は問題ではなかった。
 変化は無い。小崎麻が、教室に来たところで、保健室に来たところで、そして家にいたところで、変化は――
 無い。
 
 不意に、もう一つの可能性が浮かび上がる。
 ただそれは、あまりに突拍子もない。そして、もしそんなことがあるのなら、逆に自分が壊れているという可能性のほうが高いほどだ。
 ためしに体中に応答信号を飛ばしてみるが、返って来るのは問題なしの返答。外部衝撃を受けた形跡は。
 ――あった。
 ルチルは思い出す。職員室に入る寸前、一時的に電子脳が停止している。もしかしたら、記憶に障害が出ている可能性がある。急ぎ、ルチルは検査プログラムを走らせる。
 記憶情報の整合性のチェック。だが、その答えも問題無しの一点張りだった。
「ルチル先生?」
 声が聞こえる。
 肩をつかまれ揺すられて、ルチルはやっと現実に戻った。
「あ、の。南井先生」
 南井は心配そうに、ルチルを覗き込んでいる。一瞬の間が、いやに長く感じた。
「麻ちゃんは、いつもどおりなんですか?」
「ええ、いつもどおりですよ? 小崎がどうかしたんですか?」
 その声その表情の、何処にもルチルは嘘を見出せなかった。
 麻と同姓同名の人物が存在するのかと、ルチルは名簿を走査するが、現在在校している一年生から三年生までに、同じ名前は見つからなかった。
 コサキアサという人物は、この学校に一人しか居ないのだ。
 プリントを握り締めていた手に、知らず力が入る。
「ちょっと、用事ができたんで失礼します」
 自分は壊れていないだろうか。それとも、麻はいてもいなくても関係の無い生徒なのだろうか。椅子から飛び跳ねるように立ち上がる。ルチルの動きに、南井と秋末は驚いて仰け反った。
 そして、二人が気がついたときにはもうルチルは職員室から飛び出た後だった。

 居ても居なくても関係の無い生徒だ、そう南井の口からは聞きたく無かった。
 自分が壊れているのなら――
 もし、それ以外なら――
 ルチルは、廊下を走りながら考える。まるで、嫌な考えを振り切るかのように力強く。足が廊下を蹴るたびに、背に髪の毛が当たる。
 階段を駆け上がり、二年生の教室がある階へ。授業で静まり返っている廊下は、空気が冷たく感じられるほどに静寂を浸していた。
 右手に、廊下に沿って教室の扉が整然と並ぶ。突き当たりまで続くそれは、一つの乱れも無くまるで狂気にもにた連続性。静けさの奥、かすかに黒板を叩くチョークの乾いた音が混ざる。クシャミと咳が思い出したように廊下に飛び出して、すぐに輪郭をぼかして消えていった。
 ルチルは、胸に抱きしめるようにしているプリントをにぎりしめる。
 足音を立てないよう、踏み出した一歩はヒンヤリとした床の感触を伝えてきた。
 麻のクラスは、二年四組。丁度廊下の中央だ。歩きながら、通り過ぎる扉の向こう、机に視線を落としている生徒達を見る。
 詰まらなそうに黒板を見ている生徒、寝ている生徒、何か別のことをしている生徒、小声で会話している生徒、色々な生徒がいる。
 三組に差し掛かって、ルチルは足を止めた。
 眠りの駒形の異名をもつ、今にも倒れそうな老教師が授業をしている。案の定、クラスの半数以上は居眠りをしており、さらに起きているうちの半分は、別のことをしている。
 もう半分のうちの半分は、何とか授業を受けているが、あとの残りは、睡魔と闘ってるだけで授業を聞けるような状態ではない。
 ルチルも、一度駒形の授業を聞いたことがあるが、あろうことかロボットなのに眠くなった記憶がある。寝る必要など全く必要の無い電子脳がだ。教師ではなく、不眠治療に役立ててもらいたい物だと、かねがねルチルは思っているが口には出さない。
 そして、三組を通り過ぎ四組へ。
 前から覗くのも気が引けて、ルチルは後ろ側にまわる。授業は、数学。既に脱落し机につっぷしている生徒もちらほらとみかける。
 そして、ルチルは気がついた。

 ――座席が一つも開いていない。

 誰一人として、休んでいないのだ。そんなはずは無い。何度も何度も教室を確認しても、結局答えは同じだった。開いた机はないのだ。
 何か悪い冗談にしか思えなかった。まるで、麻という子が元から居ないと、そういっているよにすら思える。 
 教室に入る勇気はなかったし、前に回って一人一人顔を確認する勇気は、ルチルにはなかった。
 逃げ出すようにその場を離れると、保健室へ。
 もしかしたら、麻が保健室をでて、教室にもどったのかもしれない。
 そうだ、きっとそうだ。
 まるで言い聞かせるように口の中で呟く。
 だからもう、麻は保健室に居ないのだ。
 保健室に戻れば全てがおわる。
 一時間目、確かに保健室に居たはずなのに、南井がいつもどおりといった。そのゆるぎない事実から逃げ出すように、ルチルは走る。
 階段を駆け下り、保健室の目の前に。
 カツンと、廊下に足音だけが残る。一瞬だけ、ルチルは扉に手をかけるのをためらった。
 深く息を吸い込み、ルチルは扉を開く。キッっと、扉が小さい軋みを上げた。
 いつもの消毒液の匂いが、辺りに一気に広がる。
「あ、先生。おかえりなさい」
 物静かな声が保健室に響く。カーテンの向こう、身じろぎする気配がする。カーテンで閉ざされた向こう、華奢な影がベットを降りようとする姿が見える。
「どうしたんですか?」
 カーテンから、覗くように顔がでる。セミロングの飾り気のない髪の毛。気の弱そうな眉毛に、とろんとした目。少し眠そうな声。カーテンの白さに負けていない綺麗な肌。
「あ、あさちゃん……」
 それは、紛れもなく小崎麻だった。





 桃種先生のように、過去のトラウマをゴリゴリ抉っていけるような、エグイ作品をめざして……うそです。
 不思議系で。

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