スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 こんなとき、自分がロボットでよかった、ルチルはそう思う。
 体を冷やすためにそして、駆動部分を潤滑させるためにめぐっている擬似体液が、あわ立つ感覚。だが、思考速度には問題は無いし、落ち着いていられる。
 教室には、空いた席が無い。なのに、麻はこうしてルチルの目の前に居る。
 担任は麻はいつもどおりだと言い、麻はこうして保健室に来ている。
 麻に一言、どうなっているのかと問いただせばいいのかもしれない。だが、一体そんなことをさせて、何になるというのか。
 抱きしめていたプリントが、廊下から流れ込んできた風に、乾いた音を立てる。

「先生?」
 心配そうな色を湛えた目が、ルチルをまっすぐ見ている。廊下に誰も居ないのを確認したのか、麻はカーテンで囲まれた彼女の城から出てきていた。
 モデル地区とかに選ばれていることもあり、この学校は行事でもない限り、私服制服の規制がない。制服の学生もいるが、殆どが私服だ。麻も例に漏れず、私服を着ている。
 ベットに横になっていたので、よれよれになった服が廊下から吹き込む風にゆれた。
 麻の髪の毛に、ルチルは目を留める。
 何かがおかしい。記憶を一気にひっくり返し、照会を繰り返す。古びた電子脳が、悲鳴をあげる。どこか、なにかがへんだ。
 後ろから覗いた、麻のクラスの映像を引っ張りだして、類似検索。標準的な人物判別ソフトしかないのは仕方が無い、もとより警官でも警備員でもないのだから。
 一瞬しか見ていないので、解像度よりもまずピントの方があっていない記憶と、麻の姿を必死で比べる。
 なにか、胸の上のあたりに引っかかる感覚。いやな感覚だ。ルチルは、麻に笑顔で返事をし抱きかかえていたプリントを自分の机に置く。
 その動きは緩慢だった。処理の半分以上を、記憶走査に宛てているためしかたが無い。
 何かが引っかかるのだ。自分はロボットで、感情は擬似的な反射を行っているだけ、悲しければ顔をしかめ涙を流す。面白ければ顔をほころばせ笑う。理解できなければ、すまなそうな顔もできるし、処理の大半を使うようなことをしていれば、気難しい顔をしている。
 きっと、今自分は気難しい顔をしているだろう。ルチルは、少なくなったメモリ空間で思う。
 今すぐもどって、麻のクラスを覗くことも、麻に問いただすことも、ルチルにはできなかった。それは、間違った判断だというのは、すでにわかっていた。
 自分が壊れているという事実を突きつけられるのも、麻がもし担任の南井の言ったとおりの扱いをつけているという事実を知るのも、それよりも怖いことがあった。
 もし、自分が壊れていなくて、さらに南井が真実を言っている。
 もし本当に『麻は、いつものとおり学校に来ている、としたら?』
 高熱を発しはじめた体の熱を、逃がしきれない。擬似体液が、何とかして放熱しようとしているが、それも間に合わない。だいたい、機体の型からいって増設されたデバイスをフルに使えるわけが無いのだ。電圧も、放熱量も、何もかも足りない。F1エンジンをのせた、軽自動車がまともに走れるわけが無いのだ。アクセルを踏みつけたら、車はもしかしたら少しは走るかもしれない。だが、走りつづけることが不可能なのも、また事実なのだ。
「先生!」
 心配した麻が、駆け寄ってくる。椅子に座り込んでじっと一点を睨みつづけていたら、誰だって心配するだろう。
「! あつい」
 ルチルの腕を掴んで、麻が呟いた。
「あ、ごめんね。いまちょっと考え事を……」
 どうやら軽自動車は、壊れる前にゴールへと滑り込んだらしい。
 そして、一番あってはいけない答えが出てくる。
 視覚機構、記憶情報へチェック信号を飛ばす。すぐに、正常だという返答が返って来る。
 何処にもおかしいところは無い。そう、おかしいことは自分ではなくて、外で起きている。
 頭の奥で、走査結果がまるで点滅するかのように、自己主張をしていた。
 
 ――小崎麻は、二年四組に存在している。
 
 ルチルは呆然と、結果を反芻する。
 ちょうどそのとき廊下から足音が二つ。そして保健室の目の前で、止まった。
 顔を上げると、扉が開く。
「ルチル先生?」
 顔を出したのは、南井と秋末の二人だった。
 多分一番驚いたのは、麻だっただろう。ルチルの腕を掴んだまま振り返り、目を大きく見開いて彼女は硬直している。
「あれ? 小崎? どうした具合でも悪いのか?」
 決定的な一言だった。
「先生……」
 麻はルチルの腕を握り締める。
 嫌な空白が、保健室を満たしていった。沈黙を破ったのは、ルチル。いきなり立ち上がると、麻の腕を掴み歩き出す。
「ルチル先生!」
「先生?」
 麻と南井に呼び止められるが、ルチルは止まらない。
「麻ちゃん、本当は教室いきたいんでしょ?」
 廊下にでたところで、ルチルは麻に呟く。びくりと、体を震わせ麻は目をそらした。
 いま、自分が掴んでいるのは、間違いなく本物の麻だ。手から伝わってくる体温、脈拍、汗。麻はココに確かに存在している。
 だけど、教室にも麻はいた。間違いなく、麻はルチルの目に焼き付いている。
 二年生の教室が並ぶ三階、踏み出したとき一瞬麻は抵抗する。まるで、ぐずる子共のように身を硬く。後ろから、南井と秋末が追いかけてくる。
「ルチル先生、どうしたんです!」
 麻と手を繋ぎ、ルチルは二人をその場で待つ。三階の廊下へ続く階段前の広場は、薄暗くそして冷たい。
 二人はルチルと麻の進路を塞ぐように前に立ちはだかる。
「えーとですね、私にも何がなんだか」
 心配そうな南井とは対照的に、秋末はいつもどおりの表情で廊下を覗き込んだ。
「小崎、体調はいいのか?」
「え……あの」
 二人の話がかみ合わないのも当然だが、いまここで麻が二人いたなんていったところでルチルを信じてくれる人間はいないだろう。何処まで行っても自分はロボットで、いつおかしくなっても不思議じゃないのだ。
 真実を見せて、確認してもらうしかない。だが、これ以上無理やり麻をつれていっていいのだろうか、大体連れて行ったところでなにか変わることがあるのか。
 ルチルは動けなくなる。
「はー、ほほー。なるほどね」
 秋末が、廊下の奥を見つめながら呟いた。
 ルチルと麻には、秋末が何を見ているか判らない。
「ルチル先生、こういうことだったのね」
 足音が聞こえる。南井が、足音のする方向を振り向いて、目を見開いた。




 今回でおわらせるつもりだったんだけど、少々世界設定の量にけつまづきました。もう一回麻ちゃんの話はつづきます。

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL