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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 生きることに、必死になる必要が無くなった。
 それが生物として、危険だと気がついたのは、既に手遅れになってからだった。
 仕方の無いこと、なのかもしれない。
 けれど、それなりに世界は動いている。それなりでは、あるのだけれど。
 立て直そうと、必死になる人たちもいた。でもそんな、御偉いさんたちの努力なんて、見て取れることなんて一つもなかった。相談窓口、医療投資、そんなもの見たことも無かったし、最後には趣味を作ることすらお金を払わなければならない始末。
 だから、何も変わらなかった。少なくても、変わったなんて思えるような大きな変化なんて無かった。
 学校にロボットの先生がきたことを除いては。

 TiO2:K78MAHI5・TYPE―YuKi。女性型養護教諭専属ロボット。あだ名はルチル。シリアル番号のTiO2というのが、二酸化チタンの組成式と同じだからとつけられた名前だ。なんとも、簡素な名前だが、本人は気に入っているので、みなそう呼んでいる。
 一階校舎の端っこ、そこにあてがわれた教室の半分もない保健室に彼女は居る。
 簡単な薬棚に、ベッドが二つ。あとは、水が必要ということでつくられた流し台に、コーヒーや紅茶などが並んでいた。
 そんな保健室に、ルチルは一人で机に向かっている。
 授業が始まれば一階まで届く生徒の声は少なく、余りにも静かな時間が訪れる。生徒達は余りしらないだろう、学校がこんなに静かな場所だなんて。
 机に置いたカップから、インスタントコーヒーが湯気を上げて自己主張をしている。
 ルチルは机に置かれたノートPCから顔を離すと、ゆっくりと背もたれに体を預けカップを手に取る。
 空気が思い出したかのように流れ、湯気が揺らいだ。
「暇……」
 保健室を預かる身としては余りに不謹慎な台詞を呟いて、ルチルはため息を一つ。コーヒーを口に流し込んだ。
 後ろでまとめている髪の毛が、背を擦る。
 ディスプレイには、メーラーが一つだけ寂しく立ち上がり新着メールを点滅させていた。
「?」
 何か、軽い音が窓のほうからする。視線をやるものも、ルチルの目には窓に何も見つけられない。光の加減で、窓ガラスに薄く映った保健室の様子と、誰も居ない校庭、電気のついていない体育館が見えるだけだ。
 コトン、とまた音がした。
 余りにも小さく、発生源までは見つけられない。ルチルは不思議に思い、周りを見回すが温度に膨張した何かが立てるものではなかった。
 授業を抜け出した生徒か何かかとおもい、ルチルは席を立ち窓をみるが生徒の背中が見えることもなかった。
 首を傾げ、ルチルは席に戻る。安物の椅子が、軋んだ。
 
 いつものごとくに、保健室は静かで平穏。
 保健室にたむろするような生徒はおらず、保健室登校のいじめられっこも居ない。体の不調を理由に保健室で寝るような生徒も稀で、保健室にルチル以外が居ることは少ない。
 彼女は、ため息をつく。たしかに生徒で賑わう保健室というのも、なにか違う気もするので声を大にして言うことも出来ず、不満はため息になって彼女の口から漏れる。
 そして、漏れたため息はカップが上げる湯気を揺らすのだ。まるでそこだけ時間が進むように、他はピクリとも動かない。
 ルチルは音源を調べることを諦め、ノートPCに向かう。
 ロボットの人権は、いまだ完璧に法化されてはいない。ロボットの起こす犯罪や刑罰については事細かにきまっているのに、ロボットを守る法はいまだお慰み程度でしないのだ。
 おかげで、大量の資料報告、定期メンテなど無駄にしか思えないほどの作業がある。
 人は、いまだどこかでロボットを恐怖しているのだ。
 きっと保健室に人がこないのもその所為だ、ルチルはそう思う。
 自分達がつくったものに、自信がもてないなんておかしな話ではある。
 資料用のデータをノートPCに出力し終え、ルチルは自分の頬を撫でる。
 目から顎にかけて走るメンテナンスエッジの手触りが、指に伝わる。
 コトリと、また小さな音がした。
「……だれ?」
 しかし、答えは無い。
 だが暫くして、またコトリと何かが動いたような音がした。
 窓近くから音がしているのは間違いない。ただ、そこにはなにも無い。 
 机のすぐ横には、校庭に続く扉がある。校庭で怪我をした生徒がすぐに保健室にこれるようにという配慮からだ。
 だったらわざわざ校庭の端っこあたりに保健室をつくることもないだろうと思うが、体育館とも近く、それなりに設計者の面目は保っている。
 ルチルは立ち上がると、その扉をあける。
 久しぶりに空いた扉は一度だけ、はがれるような音をたてた。雨にぬれてカビでも生えていたのだろうか、見下ろすと丁度扉のした、校庭との段差の辺りルチル用のサンダルの上に黒い塊が乗っていた。
「?」
 何が乗っているのか、しゃがみこむと黒い塊がもぞりと動く。
「っ!」
 ルチルは驚き、仰け反った反動で尻餅をつく。
「いたたた……」
 今度は恐る恐る、ルチルは四つんばいになりながら、扉へと近付いていく。
 恐る恐る、近付くルチル。
 が、いきなり黒い塊が飛び出してきた。視界を埋め尽くす黒。声をあげようとしたが、余りの驚きにルチルは口をパクパクさせて固まる。
 顔には、黒い塊がピッタリと張り付いていた。
「ひええ」
 黒い塊をはがそうと、手に掴むと毛皮の感触がする。そこで、やっとルチルはソレが猫だと気がついた。
 両手で覆うように猫をはがし、彼女はやっと真っ黒な猫と対面する。
「ニャ」
 ルチルを見上げて猫が鳴いた。
「―――!」
 思わず、抱きしめると腕の中で猫が暴れ始めた。余り鳴かないのか、無言で尻尾と足をばたつかせている。が、そんなことも気にせず彼女は抱きしめつづけていた。

 一通り抱くのに満足したのか、ルチルは手を離した。
 両手に乗るほど小さい黒猫は、尻尾を丸め、体も丸め顔だけルチルを見上げてる。
「……かわいい」
「ナ」
 返事をするように猫が鳴く。




 続けないと、家に火をつけるといわれたので続きます。

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