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連載小説「保健室のロボット先生」

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 色彩といえば、白ばかりだった保健室に黒い塊が転がっている。
 日当たりのいい机の上、小さ目のクッションが隅に置かれている。その上に、黒い塊が丸まっていた。
 椅子の背もたれに体を預け、ルチルは黒い塊を見る。
 たまに尻尾がはたりと動くのをみて彼女は、尻尾をつついてにんまりと笑う。
 ノートPCには、彼女にしては珍しくメーラー以外のソフトが立ち上がっている。といってもWebブラウザなのだが、それだって彼女にしては珍しい。遊んだり息抜きといった行為自体ロボットには中々選択できない行動だからだ。
 ロボットに趣味を持っているものは殆ど居ない。仕事をすること自体に、充足を覚えるように設計されているため、基本的に仕事以外で何かを得ようとすることが少ないのだ。

 とはいえ人付き合いの中、仕事以外の何かを見つけるロボットは確かに居る。それでも大半は、仕事に関係していたりするのだけれど。
 だから、動物の世話なんてルチルにとっては余りにも未知な世界だった。人がペットを飼うのは知っている物の、その行為に疑問も興味も抱いたことはなかった。確かに、動物はかわいいがそこから世話をするという行為には、中々結びつかない。きっと、仕事中でなければ彼女もそれにもれず、普通に動物病院か保健所へと連れて行っただろう。
 保健室を外すわけにもいかず、仕方なく彼女は机に猫を寝かせている。気がついたときにはネットで猫についてを調べ、ミルクをあたえ、寝てしまった猫の尻尾を突付いていた。
 突付くたびに、尻尾はぴくりと反応する。ルチルはそれが面白いのか、飽きずに何度も突付くのを繰り返していた。
 
 気がつけば昼休み、チャイムと同時に学校は一度に活気付く。足音と、騒ぎ声、校舎は一気に熱を帯びる。学食は無いが購買はある。購買があるなら、昼食が売っている。そして、数に限りがある。
 怒声と足音が響き、そのさわぎに猫が驚き顔をあげた。耳をぴくぴくとうごかし、じっと扉の向こうを見る。近付いては遠ざかる足音を追いかけているのか、猫の耳は右へ左へと大忙しだった。
 その様子にルチルは笑う。顔を上げいつでも逃げられるように構えた猫の頭を、撫でる。撫でられるたび、猫は目を細めて気持ちよさそうにするが、やはり音が気になるのか耳だけはぴくぴくと動いていた。
「きになるの?」
 ルチルの呟きに、返事があるわけも無い。猫はただじっと扉を睨んでいた。
 と、同時扉が開く。一番最初に驚いたのは猫。ルチルの手の下で体を反転させると、クッションに爪を立て机から窓へと一気にジャンプをした。
「え? わ、わわ」
 いきなりの猫の反応に驚き、ルチルは手を上に振り上げバランスを崩した。
「ルチル先生、ご飯たべに……」
 顔を出したのは、ルチルと同じ時期に学校にきた秋末という背の高い教師だった。どれぐらい高いかといえば、普通の成人男性が見上げる程度。詳しい数字は、極秘事項に含まれている。
 現役バレーボール顧問ということもあり、線は細いが物腰の所為でそう見られることは少ない。
「あ、きまつセンセ……イ」
 器用にも、椅子を傾けながら必死でバランスをとり、何とかもどそうとするものの、なぜか絶妙な格好でそうやっても床と衝突コースにか未来が見えない。
 椅子の足四つのうち、二つだけが床につき悲鳴をあげている。両手をふりまわしバランスを取るルチルの格好は滑稽というほかなく、秋末は呆けた顔で彼女を見ている。
「あ」
 フラフラと動くルチルの腕が、獲物に見えたのだろうか窓枠でじっとしていた猫が飛びついた。
 地面についていた二つの足のうち、一つが摩擦に敗北する。
 それはルチル本人が重力に負けたということだ。盛大な音を立て、床に倒れるルチル。そして、そしらぬ顔で、猫は手から飛び降り床に着地した。
「ナ」
 短く小さく、黒い猫が鳴く。
「ちょっと、ルチル先生。大丈夫?」
 やっと呪縛からのがれたように、秋末が床に倒れたルチルに駆け寄る。近くにいた猫が、秋末を一度だけみてルチルの体の上に飛び乗った。
「猫?」
 秋末の呟きに猫は答えない。変わりに倒れて目を回しているルチルのおなかの辺りで、丸くなって、クァとあくびをした。
 
 嗅ぎ慣れたチョココルネの匂いで、ルチルは目を覚ます。
 しばたいた目が映したのは、見慣れた保健室の天井。自分が倒れたのだと自覚し、ルチルは上体を起こそうとする。
 そこでやっと自分がベットに寝かされたことにきがついた。
 腹の上には黒猫が陣取っており、体を覆っていたのが布団ではなくて猫だったことをようやく理解する。
「あら、おきた?」
 仕切りのカーテンの隙間から、秋末が顔をだす。口には彼女がいつも食べるチョココルネが加えられていた。
「あ、えと」
「大丈夫? 椅子からひっくり返って目を回して」
 言われてやっと何が起こったかをルチルは思い出す。上体起こしたときに、腹から転がった猫は、いま太ももで伸びをしていた。
「それと、ルチル先生。そのかわいこちゃんは、どうしたの?」
 そういって、秋末はルチルの太ももで伸びをしている猫をさす。
「えと、……その……なんか迷い込んできちゃったみたいで」
 両手に乗るぐらい小さいくせに、態度だけはでかい猫がぴょこんとルチルの太ももから飛び降りた。
「おいでー」
 保健室に動物なんて、流石にまずいのは判っていたし、ソレを責められると思っていたルチルは拍子抜けしたまま、猫の行方を追う。
「ほーら、ごろごろごろ」
 慣れた手つきで、秋末は猫と戯れている。といっても、猫は秋末の咥えているチョココルネにご執心のようだった。
「よっと」
 まさに今チョココルネに飛び掛ろうとした猫を、秋末はいきなり抱きかかえた。驚いた猫は、秋末の腕の中で暴れだすが、諦めたのか体をだらんとさせる。
「秋末先生、なれてますね」
「え? そう? 猫なんて飼った事ないよ。ソレより、ルチル先生お昼たべなくていいの?」
 目の前でフラフラしているチョココルネを何とか捕まえようと、猫は手を振り上げる。しかし、すんでのところでチョココルネは猫の手から逃れフラフラと空中を彷徨う。
「あれ?」
 手を振り回す猫を見下ろしながら、秋末が首をかしげた。
「どうしたんですか?」
「このこ、飼い猫じゃない」
 ほら、と秋末が首の毛を避けると真っ赤な首輪が見えた。

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