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連載小説「保健室のロボット先生」

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 ルチルを見上げて、猫はナと短く声を上げる。
 首輪にかかれていたのは、学校付近の住所で秋末に諭され、ルチルはこうして猫を連れて住所を探している。
 後ろでは、地図を広げ首を捻る秋末。
「ごめんなさい、秋末先生」
「ん〜? ま、気にしなくていいよ。それに面白そうだし」
 猫の首輪に書いてあった住所は、区画整理前の古い住所だった。といっても、一年か二年ぐらいの話で、いまだ旧住所でも宅急便ぐらいは届く。そのため、住民達もこれといって気にしているそぶりはなかった。

 ただ、一つだけあった例外は、公共のデータベースだった。既に書き換えられ、過去の住所はいま市役所にも残っていなかったのだ。
 大きな機関や、郵便局の配達員にでも聞けばわかるかもしれない。だが、そのどれもが時間のかかる手段で、猫をこのまま学校に置くわけにも、そしてマンション暮らしのルチルの家にも連れて行くわけにも行かずこうして探し回っている。昔の道路マップが偶然見付かったのは本当に運が良かったというしかなかった。
 学校の購買の品物の入れ替わりは余りに緩やかだが、たまにいいこともあるものだとルチルは思う。
「うーん、この辺りのはずなんだけどなぁ」
 地図をぐるぐると回しながら秋末が呟く。
 ルチルの腕のなかで、猫は丸くなって寝ていた。たまに風に乗って、部活動にせいをだす生徒達の声が流れてくる以外、余りにも静かでこの場所に人がいるのかどうか、それすら疑問に思えるほどだった。
 遠くで、車がアスファルトを叩く音が聞こえる。あとは秋末の唸り声と、地図の乾いた音だけだった。
「私、みよっか?」
「いいっていいって、大丈夫大丈夫」
 乾いた笑いを浮かべる秋末をみて、ルチルは迷ったのだと理解した。だが、それは言わないままルチルは前をむいて歩く。
 彼女はたまに自分の居場所を頭のなかで地図と照らし合わせて確認するが、特に的外れな場所ではないことをしって安堵のため息をついた。
 
 夕日に染まり始めた空に、冷たくなった風が流れ始める。次第に電気のついた家が目立ち始め、そこでやっと時間が進んでいることに気がついた。
 秋末はいまだ地図をグルグルと回しながらにらめっこを続けており、ルチルはルチルでのんびりと歩いていた。
 学校近くのはずだ、そう教えてくれたのは南井だった。だが、具体的な場所は誰も覚えていなかった。近くであれば、誰か覚えて居そうなものだったがどうやら、あてははずれたらしい。
 だからといって、諦めるわけにもいかずルチルは猫をもって学校を飛び出したのだ。
 いまとなっては少々失敗したのではと、振り返ってはそんなことを考える。
 変な考えを吹き飛ばそうと頭を振ると、腕の中で猫が目を覚ました。
「あ、おこしちゃった?」
 返事せず、眠そうに目を細めた猫はルチルを見上げる。
 ふと、何を見つけたのか猫が道の向こうを向いた。
 ごそごそと地図をたたみながら、秋末がルチルの腕の中をのぞいても、猫はじっと道の向こうをみていた。
「家の近くなのかな?」
 秋末の言葉に、ルチルが首を傾げると合わせるように猫が飛び出した。
「あっ! まって!」
 叫びが届くわけもなく、猫は道を軽い足取りで進んでいく。見た目が軽快で早く見えなかったが、歩いて追いつける速度でもなかった。
「ルチル、追いかけよう」
 無言でルチルは頷くと猫の姿を追い、走り出した。
 
 ロボットに呼吸は必要ないなどと、一体誰がいったのか。
 酸素に水分、廃熱といくらでも空気は必要だった。水でもかまわないように出来ているが、宇宙はにいったらすぐに止まるだろう。
 とにもかくにも、外部拡張を施された旧型機体が悲鳴をあげるには十分過ぎる運動だった。
 ぱかぱかと口をあけ、前を走る秋末の背中を必死で追っている。
「あ、き末先生……ま……っ」
 関節各所から、温度異常をうったえる信号が飛び交い、エネルギー残量がイエローゾーンへと到達したことを告げる警告音が頭の中に響く。
 必要の無いプロセスから順に、キルコマンドを飛ばし何とか回転率を上げようにも、キルコマンドすら届くのに時間がかかる始末。
 走る前に、いらない物を削っておけばと今更後悔する余裕すらなく、ルチルはフラフラと秋末を追っている。
「ルチル! 早く! 先いくよ!」
 そんな叫びを残し、秋末は角を曲がり消えていった。
 現役運動部顧問の体力は伊達ではなかったし、足が長く体重が軽いなんて余りに世界は不平等なんではないかと、哲学的怒りに燃えたころ、ルチルはやっと秋末が消えた曲がり角へと到達する。
 曲がり角を曲がって瞬間、ルチルは愕然とした。
「……いない」
 きっと、ロボットと人間の全面戦争が起こっても、きっとロボットは体力切れで負ける。ロボットは訓練しても体力をつけることはできない、人間は訓練すれば体力をつけられるのだ。SF映画なんて、嘘っぱちだとルチルは思う。どう考えても燃費効率で、ロボットは白旗を上げざるを得ないのだ。
 ルチルは地面に膝をつき、全然関係の無いことで思い悩み、そして頭のなかで白旗を上げた。
「私たちは、勝てないのね……」
 ここはきっと泣くところだろう。そうルチルが考えていると、いきなり声が飛んできた。
「ルチル! なにしてるの? 大丈夫?」
 顔を上げると、秋末が目の前に立っている。
「せ、世界平和……」
 ルチルの思考は既にどこか遠くへととんでいってしまっていた。
「何訳の判んない事いってんの! ほら、立つ!」
 崩れ落ちたルチルの腕を掴み、無理やり引き上げると秋末は歩き出した。
「そういえば、猫は……」
 息も絶え絶えといった感じのルチルに肩をかしながら、秋末は振り返る。
「あそこよ、あそこ」
 そういって、とおりの一角をさした。良く見れば、ちょこんと猫は地面に座り何か見上げていた。
 家が見付かったのだろうか。でも、なぜそれなら座ってるのだろうか。家の中に戻らないのはなぜか。不思議に思い、ルチルが首を動かし猫が見上げている場所を見ようとする。
「え……」
「どうも、そういうことみたいね」
 家が立ち並ぶとおりの一角。猫が座り込んで見上げてる場所。その場所だけ――
 空き地が広がっていた。

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コメント

やはりトラックバックってこういう使われ方をする運命なのね。とか思ったりした今日この頃。

  • myu
  • 2005/10/29 20:58

 まぁ、うちみたいな場末じゃ効果ないので、逆に申し訳なくなる次第だったり。

  • カミナ
  • 2005/10/30 16:34
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