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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 唯一。ただ唯一。養護教諭専属ロボットや、看護介護専属ロボットなどに属する、医療福祉種に属するロボットが持つ特権。
 特例事項、第二三七:医療福祉種に属するロボットは、各自の判断で患者の精神を鑑み、虚偽の問答をする事が可能である。
 それは、精神的に弱い患者へ病名を伝えることを良しとしない場合のための特例だ。そして、カウンセラーが使う、患者のためをおもった嘘。
 やさしい、やさしい嘘だ。

「で、その特事の二三七がどうしたんですか?」
 特事、特例事項とよばれるそれは、ロボットの根底に埋め込まれた本能。人を傷つけず、人を守り、己を守る本能を唯一無視することの出来る命令である。
 ただ、特例事項を知っている人間はすくない。それどころか、ロボットでも知らないものも大勢いる。なぜなら、その特例事項の行使がどうしても必要なとき、初めて思考のなかに明確化されるようになっている。出なければ、悪用しようとしたりされたりする事が可能だから。それをなぜ、秋末が知っているかルチルは判らない。
「ふふふふ」
 二人は猫を連れて保健室に戻り、向かい合って座っていた。猫は秋末の手の中で、寝息を立てている。
「こうするのよ」
 そういって、秋末はルチルに話しだした。



 すでに夜。校舎のなかで、保健室だけに光が付いている。夜の闇に飲まれない、まるで穴の開いたような光だ。夜空に広がる星なんていうものは、かすか過ぎて明かりにはならない。それだったら、隣の大きな町が発するネオンのほうが明かりになるだろう。
「な、なんだってー!!」
 そんな真っ黒な夜の空にルチルの叫び声が響いた。
「なによその驚き方は」
「いや、なんかその驚くときはこうしなければというような」
 よくわからない受け答えをしつつ、ルチルは目の前に広がった資料を見る。
 秋末の言葉を信じるなら後は自分だけ。そう、自分だけでなんとかなるのだ。
「で、どうするの? ルチル」
「やるにきまってます」
 ルチルは拳を握り秋末を見据えた。その視線にも、その声にも微塵の躊躇すらなかった。
「じゃぁ、明日朝までに用意するものは用意してね。私はもう一つのほうすませておくから」
「はい、任せてください」
 力強く頷いた。
 保健室を出て行く秋末を見送り、ルチルはノートPCを開く。
「久しぶりに、がんばりますか」
 机から取り出してきたのは、コードの束。ルチルはそれを確認し口にくわえると、右手で左手の手首を捻る。
 小気味のいい音と共にパッキンが外れる音。腕が中央から分かれる。片方はそのまま手を残しもう片方は端子の並んだ内側を晒している。
 端子に一つ一つケーブルを繋いでいく作業は、久しぶりのためか、何度も失敗していた。
 ようやく全てが差し込み終わると、今度はケーブルの逆端をノートPCにつないでいく。
「いざ」
 本来、事務業専属のロボットですら外部接続端子は外側には露出していない。高級なロボットにたまに見受けられるぐらいだろうか。セキュリティの観点から言っても自明の理である。
 端子自体もできるだけ稼動領域の大きく、かつ安全性が認められる場所といったぐあいで腕や手のひらが主だった場所だ。
 だから、見た目は存外にダサい。ルチルはカバーの開いた腕の中をみてため息。シリンダや、ケーブルがのたくっていれば見てくれもいいのだが、そんなものが見えてしまう場所が開くわけもない。端子の説明が書かれた飾り気の無い鉄の内側が部屋の電気をうけて、鈍くひかっているだけだった。
「ロボットの浪漫がわかってないわ」
 空いている手でコーヒーカップを持ち上げ、ため息混じりに一口。インスタントの、粉っぽい匂いが鼻に抜けた。
 既に処理の半分をPCと連結しているために、体の動きは鈍い。目的が完遂するまで、残り半分は呆けて待つだけでいいのは救いだった。
 後はゆっくりと朝になるのを待てばいい。のんびりとしたルチルの横のノートPCは、めまぐるしくウィンドウを閉じたり開いたり、高速で文字が流れていたりと、忙しそうに動いてた。



 朝。用務員が校門をあける音でルチルは目を覚ます。といっても、半分はやはり処理にてんてこ舞いになっており、寝ていたの半分といったところか。
「あとちょっとか……」
 やっている作業は、単純明快。ただの偽造書類の作成だった。秋末が言った言葉は簡単なひとこと。猫を捨てずに、飼うための資料や資格をどうするか、それだけだ。
「ルチルー、起きてる」
 扉が開けられ、ルチルは首だけで振り返る。寝不足が一瞬でわかるほどやつれた秋末がそこにいた。彼女の後ろには――
「おはようございます」
 麻が隠れるようにちょこんと。
「おはよう、麻ちゃん。ちょっとまってね、後ちょっとだから」
 猫はといえば、保健室につれて帰ってそのままベットで勝手に丸くなって寝ていた。あのときからずっと身じろぎせず寝ている。
「これよ、麻ちゃん」
 動けないルチルのかわりに、秋末が猫を麻に見せる。
「わ」
「どう? かわいいでしょ?」
「はい! ……でも」
 麻は足元を見て口をつぐんだ。
「でも?」
「猫、飼うのって大変ですよね」
 助けを請うような麻に、秋末は頭を軽く叩いて笑う。
「そうね、猫の病気の検査とかはしょうがないとして、飼い主の精神鑑定、身辺調査、町内市内の飼育許可証に、たしか同じ家にいる人間は皆精神鑑定と身体検査があるわね」
 動物虐待と、無責任に捨てられていく実態。死体から拡がる感染症や、なんやらと気がつけばペットを飼うのはとんでもなく労力の要る作業になっていた。
「そんな、わたしには飼えません……」
「そう? でもね一つだけ方法があるの。だから麻ちゃんに来てもらったのよ。ねぇ、麻ちゃん。貴方は、この子猫飼ってあげる気はない?」
「あ……ります。でも、親が……」
「大丈夫。ね、ルチル?」
 そういって秋末がルチルを見る。
 丁度、ノートPCからはコンプリートの文字が浮かびあがった。ルチルは、振り返り麻をみて笑った。
「もちろん」
「え? でもどうやって……」
 首を傾げる麻に、ルチルはプリントアウトされた紙を差し出した。それは、ルチルの一晩の努力の結晶である。
「――アニマルセラピー?」
「そ、アニマルセラピー」
 秋末は麻の肩を掴んで言う。
 それは、動物を治療することではなく、人が動物と触れ合うことで、心が休まることを治療に応用したもののことを言う。
「その診断書は、麻ちゃんの診断書よ。不登校だった時期の診断書と、それの治療手段にアニマルセラピーを推薦する推薦文。特例として、アニマルセラピーに使われる動物には飼育許可の殆どの手続きが省けるの。そんな手続きをやっている間に、病気が悪化することもあるのだから当然ね」
 渡された紙の束を指しながら、秋末が言う。
「その子と、その資料をもって動物病院いってらっしゃい。そしたら、その日にでもお家に連れて行っていいはずだから」
「はい!」
 声に目を覚ましたのか、丁度猫が顔を上げ、短く鳴いた。




 あいだあきすぎました。

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