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連載小説「保健室のロボット先生」

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 全部嘘だ。
 でも、罪悪感はなく晴れ晴れしい気分でルチルはノートPCの前に座っている。ディスプレイの向こうでは、彼女の先輩があきれたといった顔で笑っていた。
「よくやるねぇ」
 ルチルも、同感だった。たかが子猫一匹のために費やす労力ではない。下手すれば、自分は廃棄処分、秋末も学校に入れなくなることもありえた。
 それでも、ルチルはこれっぽっちだって、
「苦労なんかしてませんよ」
 笑顔で言う。

 ディスプレイの向こうで、先輩がため息をつく。漆黒の髪の毛を揺らしながら、それでも彼女の目は優しく笑っていた。
「アニマルセラピーねぇ……うまい言い訳ではあるな、生徒をだますならもってこいだ」
 先輩の言うとおりだった。アニマルセラピーだからといって、手続きが簡単になるわけがなかった。
 ルチルは麻に嘘をついた。
 アニマルセラピーを受けるために必要な資料は、実に通常ペットを飼う場合のニ、三倍にものぼる量の診断、認定書が必要になる。
 ただ、本人の変わりにその認定書を代理で書くことができる。
「たかだか、子猫いっぴきにねぇ。それより、元の飼い主は? 放棄はけっこうまずいだろ?」
「あ、それはですね。アニマルセラピーのために、譲渡という形を取っていただいて。おかげで、猫ちゃんの病気の検査も軽いのですんだんですよ」
 秋末の計画は簡単な話だった。まず猫の飼い主を見つけ連絡を取り、譲渡してもらうように促す。ありていにいえば、譲渡してくれるか引き取らない限り、保健所に連れて行くという脅しをかけたのだ。ペットの飼育放棄は、けっこうな罰則があり向こうもそれを二つ返事で飲んでくれた。大体引越しの手違いで猫が逃げ出してしまったらしく、向こうに落ち度は無い。だからといって、罪が軽くなるわけでもないのだから。
 あとは、麻への治療診断書をでっちあげ、市の許可をとってしまえば終わりだ。
 向こう二十年、住所が変わらない限り麻はあの子猫を飼うことができる。
「まったく……そんなに猫がかわいかったか?」
「え、その、なんというか」
 ルチルは目をそらす。
「本当は、自分が飼いたかったんだろ」
 図星を刺され、ルチルは曖昧な笑いを口元に浮かべる。
 嫌な無言に、ルチルの視線は定まらずふらふらとディスプレイをみては外をみてと、落ち着きが無い。
「……」
 先輩はというと、ディスプレイの向こうでじっとそんなルチルを見ている。
 どれぐらいの時間そうしていたか、ルチルは視線をディスプレイに戻す。
「……はい」
「素直でよろしい」

 保健室はいつもと少しだけ違う匂いがした。
 子猫の匂いだろう。陽だまりのような、ぽかぽかとした匂いがする。
 外は夕日に染まり、保健室の白い内装すらも赤く染め上げている。完全下校時間を告げるチャイムがなり、ルチルは立ち上がった。
 戸締りをして駐車場へ。いつものように、家に帰る。猫がいたら、少しは変わっただろうか。しかしロボットの自分がペットを飼うには、余りにもハードルが高すぎた。
 それに、麻も喜んでいた。大体一人暮らしのルチルに、猫を飼うのは至難の業過ぎた。だからこれでいいのだと、何度も自分を言い聞かせる。
 車が、ルチルが近付いたことに気がつき自動でエンジンをかけ始める。
 ドアも自動。特に使うあてもない給料を全てつぎ込んだ新車。
「家までね」
 乗り込みながら、呟くとフロントディスプレイに半透過でマップと経路が表示される。
 運転席に座り込み、シートベルトを締める。同時、車が殆ど加速も感じさせずに発信を開始した。緩やかで、静か。だが、しっかりとした排気音が轟く。
 夕方の町を、ゆっくりと車が滑り出した。
 きっと、麻もそろそろ猫を連れて家にもどる頃だろう。医者の検診も終わり、何事も無く帰路に付いているはずだ。
 きっと、ベストな選択だった。
 ルチルは、俯きながら考える。そのあいだも、車は自動で彼女の家へとむかっていた。
 
 マンションの二階。ルチルの家はそこにある。そろそろ、麻も家に着いた頃だろうか。猫に、ココからこの家が貴方の家だと紹介しているのだろうか。
 ソコまで考えて、ルチルはふと顔を上げる。
 知らないところに連れて行かれそうになり、逃げ出しボロボロになって家に戻ってみれば、家が無い。匂いは残っているのに家がない。
 それは、一体どれほどに心細いことだっただろう。
 自分の家を見て、ルチルは目を細める。
 戻ってくる家があるというのは、いいことだ。
 家に誰かがいるというのは、それだけでもきっと幸せである。誰も居ない玄関を空けて、ルチルは小さくため息をついた。
 真っ暗な部屋、真っ暗な廊下。いつもの自分の家にもどってきたと、体中が叫ぶ。
 そう、きっと猫も新しく家を手に入れて今はきっと驚いてるだろう。でも、いつかなれてソコが自分の家だと思うようになる。それでいいのだ。
 ルチルは、もう一度深く息を吐き出した。
 今度、麻の家に遊びに行こう。
 部屋の向こう、夕日は沈み真っ暗な夜空が見えた。

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