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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 どうも、人間と言うのは世界を確定させるためにいるらしい。
 常識という名の楔を打ち込み、世界をゆるぎない物にしているのだ。
 まだ人の常識があやふやだった大昔、人は死を知らず空を飛び宇宙を知り、史実にない島を地図に載せ、星の運行すら読み、いまだもってなしえない物を作り上げることすらできた。世界の可能性を試し、ゆっくりといらない物を排除して。
 そうやって常識という楔を作り上げ、あやふやだった世界を固めていったのだ。
 しかし世界は固定されたはずなのに、人間は更に常識を作りつづけた。それ以外に存在する理由はないといわんばかりに愚直に、そして一心不乱に。
 だけどいつしか常識の担い手は人から移り変わった。人の常識の粋を集めた、ロボットたちが台頭してきたのだ。
 その代わりに人々は壊れ始めた。作り上げた常識の重みと高さに耐えられなくなったのだ。自ら常識の垣根を飛び越える物、気が付けば逆方向へ走り出しているもの。もしかしたら、そのためのロボットだったのかもしれない。初めから自分たちが壊れることをしって、ロボットを作ったのかもしれない。
 ルチルは思う。
 だって世界は、すぐにだってひっくり返りそうなほど不安定なのだから。

 養護教諭専属ロボットニ種。
 専用に製造されたロボットではなく、外部装置によって養護教諭専属のスペックを満たしたロボット達の種別である。
 ルチルが属する種別でもある。
 寂れた町とはいえ、中学校は義務教育として依然存在し、それゆえに寂れるという事からは今のところ無縁。いまも、生徒達の騒ぎ声が廊下の向こうから聞こえてくる。
 戯れにいれた、インスタントのコーンスープがゆっくりと湯気を上げている。窓の向こうでは誰もいない校庭に、スプリンクラーで水がまかれていた。水があたり、土煙が最後の足掻きとばかりに舞い上がる。横でコーンスープも負け時と湯気を上げる。
 そっくりなその光景に、ルチルは一人薄く笑った。
 目の前にはノートPCが起動している。ディスプレイにはメーラーが一つ。それ以外にはなにも立ち上がっていない。
 ルチルは、ノートPCを閉じると椅子から立ち上がり伸びをする。ギシリと背に並んだ神経が軋む。薬物信号を飛ばして気合を一つ、椅子に座ってから怠けっぱなしの体に活を入れる。
 一瞬にして、規定温度に到達し余剰熱量がため息となって口から漏れる。
 今日も体の調子は悪くない。
 だけど、一つだけルチルには心配ごとがあった。
 体の調子はいいのに、頭の調子が悪い。別に馬鹿になったとか演算力が落ちたとかではなく、ノイズがたまに入る。おかげで集中して作業を連続することは出来ず、更に酷いときは記憶が飛ぶ。電子脳に異常が無いか調べてみた物の、セルフチェックでできることなんて、質問信号を投げかけて返って来る答えを信じるほか無いのだ。
 たとえ、存外簡単な作りの電子脳でさえ。意識をデジタル化することなんてたやすかった。いや、正確には世界にスイッチが入った。まるでグリセリンが結晶化するかのようにだ。きっと、それもあやふやな世界の常識が又一つ動いただけの、取るに足らない事柄かもしれない。
 スイッチが入った後は常識でしかない。だから出来てしまえば、何故出来なかったのか判らない。理屈はなく、ただできるようになったという事実だけが残る。だからもう誰も電子脳をどうやって作ったのか説明はつかない。ある日いきなり電子脳が作れなくなっても、もう誰も説明できないのだ。
 そんなわけで、存外簡単で単純な構造の電子脳が壊れることは無かった。といっても電子機器にはちがいないし、関節より簡単に出来ているわけも無い、叩いて直るようなものじゃない。
 何度スキャンしたところで、異常は無く。それこそ人間で言うところの、熱があってちょっとボーっとする、といった具合の表現がピッタリの状態だった。
「うーん……」
 呟いたところで、状況が好転するわけも無く、ただ寂しくなるだけだ。ただでさえ、この学校の生徒達は保健室に入り浸るようなことが少ない。それはいいことかもしれないが、少々養護教諭としては寂しいと思う。
 どちらにしろ、保健室は今日も静かだ。

 ふと、照度検査の期日が近いことにルチルは気が付いた。教室内は授業中なので、廊下だけでも終わらせておこうか、それとも全部放課後でよいか、体育館は部活で使うからやるなら授業の空いている時間がいいだろう、色々と頭の中をよぎる。
 すっと、目の前が揺らいだ。またノイズが走る。昨日の夜あたりからだろうか、ずっとこの調子だった。不快というよりは、それによって作業効率が落ちることに対する焦り。ノイズ自体がルチルの心をどうにかすることは無かった。
 どうにか気を持たせ、ルチルは自分の頭を軽く小突く。
「ん」
 大丈夫、ちゃんと衝撃は確認できる。
 頷くと棚にしまってあった照度計を手にとり、保健室を出る。
 ほんとなら、そのまま目で確認してもいいのだが。なにせ第二種に属する身である、陰口じゃポンコツといわれてもおかしくないような物だ、ちゃんとした器具を使って調べた方がきっと誰もが納得できるだろう。
 かくいうルチル本人も、そっちの方が信用できる気がする。
 それになんだかそっちの方が、仕事をしている気になるのだ。それでいいと思う。その行為が無駄な行為に近いと理解して、なお過程を重んじることこそが粋というやつだ。同僚の秋末が行っていた。
 ゲーム一つだって、いきなりレベルがMaxなら、つまらないでしょ――そういって秋末は笑う。人は寄り道と、無駄を愛するのだ。ルチルは、奥が深いなぁとほうけた感じでその言葉を聞いていた記憶がある。
 手にもった照度計も、きっとそういった寄り道と、無駄を楽しむための物だ。仕事だって、楽しくやらなきゃもったいない。
 一人納得しながら、ルチルは廊下を歩く。
 授業中の声が、何処からか漏れ出して廊下に反響している。英語や国語の朗読、歴史の説明や数学の公式、いびきと笑い声、小さいながらもその音はなんとも賑やかだった。
 廊下の行き止まりまで、照度計をかざしながら数値を確認していく。決められた明るさ以下なら、切れていなくても電灯を取り替えなくてはいけない。
 照度計の上部に表示されている数字を追いながら、ルチルはゆっくりと歩く。
 規則正しく足音が響き、教室から漏れ聞こえる音たちと協奏曲をかなで始める。
 まるで子守唄のように、その音はゆっくりと反響しルチルの頭に染み込んできた。
 タン、タン、タン、タン、タン。
 次第に頭の中に白い靄がかかったような感覚が広がる。
 タン、タン、タン、タン、タン。
 この音は何の音だっただろうか。水滴が落ちる音、鉄骨が響く音、時計の針、メトロノーム、足音?
 タン、タン、タン、タン、タン。
 タン。
 目の前に、忽然と現れた壁に驚いてルチルは足を止めた。
 見慣れた色に、やっと正気を取り戻したのか二三度彼女は目を瞬かせる。
 気が付けば、廊下の行き止まりまで来ていたらしい。余りに呆けていたのか気が付かなかったのだ。目の前に――
 扉があることに。
「……え?」
 廊下の行き止まりは壁のはずなのに。

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コメント

グリセリンの結晶化の意味がわからなくてぐぐった。
そういうトンデモがあったのかぁ。

  • myu
  • 2005/11/09 15:00

>グリセリン
 げげぇ、もしかしてそんなに知られてない話だったのかも。
 学校で教師がいってたから、なんか普通に習うもんだとばかり思ってたですよ。

  • カミナ
  • 2005/11/09 17:34

一般常識で、私が知らないだけかも。
でも、結晶化には条件温度という理由があったわけで、結晶化ができなくなることはないよね。トンデモのほうを指した比喩なら問題ないかもしれないけど。

  • myu
  • 2005/11/10 10:58

>結晶化には条件温度という理由があったわけで、結晶化ができなくなることはない
 グリセリンは確かにそう。でも他にも色々、結晶とかには不思議な話があるので。
>http://www1.accsnet.ne.jp/~kentaro/yuuki/crystal/crystal.html
一番有名話(だと信じ込んでいた)グリセリンをだしてみた。残念ながら、その話が落ちつきだったわけで、こんなことに。
 畜生、誰がこんなことを。

  • カミナ
  • 2005/11/10 11:52
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