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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG
 
 頭上。殆ど聞き覚えの無い角度から音が振ってきた。
 見上げると、女の子がルチルを見下ろして笑っている。
「え……」
 その女の子の姿をみて、ルチルは固まった。体中を覆う恐怖。
 それは得体の知れないものへ対する恐怖ではなく、自己保存のルールが上げる軋みだった。
 在り得ないから、壊れている。コレは、どうしても付きまとうロボットの帰結論理だ。在り得ないというのは、そう例えば――

 目の前に麻がいるということとかだ。
「どうしたの?」
 声紋照合を脳裏に焼きつくほど繰り返し、画像照合を擦り切れるぐらい行った。記憶に残っている麻の動きの癖、そのたすべてを引っ張り出して片っ端から木の上にいる女の子に照合をかけて行く。
 視覚機構が、軋みを上げる。せわしなく焦点を合わせる駆動音が響く。そんなルチルの姿を、女の子は木の上から楽しそうに見下ろしていた。
「あなたは」
 何度やったってもう答えは出ていた。だからこそ、ルチルは恐怖を覚える。
 自分はやはり壊れていたのだ、と。
「麻……ちゃん?」
「先生、どうしてそんな不思議そうな顔をしてるの?」
「だって」
 麻は今学校で授業を受けているはずだから。そして、小崎麻をルチルは朝見ている。
 小崎麻が、授業を抜け出すはずがない。小崎麻が、あんな足音を立てるはずが無い。小崎麻が、樹に登って――
 リセット。
 予測情報の削除、及び確定情報の確認。小崎麻をルチルは朝確認している。服装が違う、そんな着物を着ていなかった。麻が着替えた可能性は無い。学校にあんな服は無いし、着替えが入るほどの鞄をもってはいなかった。
 ほぼ確定。目の前にいる女の子は、小崎麻ではない。だが、声も姿も小崎麻だと伝えている。
 ルチルは思案する。どちらを信じるか。可能性はどちらが高いか。
「じゃぁ、貴方は」
「私は、私を知らない私だということを知っている私。先生は、私の何をしってるの?」
「貴方は、小崎麻さんにしかみえない。でも、彼女はあんな足音を立てることは出来ないし、そんな服を持ってるなんて聞いたことは無い、今授業を受けているはずだし、あの子は授業を抜け出すような子じゃない。でも、どうみたって、貴方は麻ちゃんにしか見えない」
 ルチルの言葉に、樹の上にいる女の子は薄く笑って肩をすくめた。
「そう? でも私は小崎麻じゃない」
「じゃあ、あなたは誰?」
「私は、私を知らない私だということを知っている私。先生は、何で自分を信じられないの? へんなの」
 そういって、女の子は笑う。
「ごめんなさい、私には貴方が言っている意味がわからない」
「そう? だって、足音を追いかけてここまで着たんでしょ?」
 ルチルが頷くのを見て、女の子は木の枝に座りなおした。
「先生が、聞いた足音は私じゃない。ほら、この足じゃあんな足跡はつけられないでしょ」
 そういって、足をぶらぶらとさせる。
「下駄……」
「だから、私じゃない」
 目の前にいるのは、麻ではない。だが、やはり声が同じだった。体の作りがほぼ同じであるのなら、確かに声は似てくる。顎の形、肺活量、舌、しかし必ず癖だけは違ってくる。だからこそ声紋というものが存在する。
 目の前の女の子は、やはり麻と同じ声。同じしぐさだった。
「先生は、私が小崎麻だとおもう?」
「声紋は一致したし、外見もほぼいっしょ。私は、貴方を――」
「そうじゃなくて」
 ルチルの言葉を遮り、女の子が笑う。
「先生は、私が小崎麻だと『思う?』」
「わたしは……」
 判らない。
 
 風が、山を這うように凪ぐ。
 まるで砂を巻き上げるような、断続した細かい音は、枯葉と樹が風に謳う声だ。
 リズムにあわせて、まるで合唱のように。
 その歌の中に、別の音が聞こえる。
 タン、タン、タン、タン。
 あの、音だ。
 タン、タン、タン、タン。
 リズムを刻んで、まるで踊るように、まるで跳ねるように、まるで謳うように。
 タン、タン、タン、タン。
「足音……」
 その足音は、ルチルの後ろから聞こえてきた。山を下る方向へ、軽快に。
 タン、タン、タン、タン。
「先生、足跡がいっちゃうよ」
 木の上で、女の子が笑う。ルチルは、麻にそっくりな女の子を見上げて呟いた。
「そっか、あなたあのとき教室にいた……」
「さ、先生。早く戻らないと、本当にもどれなくなっちゃうよ」
 そういって、女の子は木から飛び降りた。
 足音一つ、立てず。落ち葉の上に降りたにも関わらず、全く一つの足音も立てずに着地する。
「数字も、記録も大事だけど、きっと感じたことはもっと大切だから」
 それだけ言うと、彼女は足音とは逆の方向へと走り出した。
「あ……」
 背中からは、まだ足音が聞こえる。一度だけ、名残惜しそうに女の子の姿を見上げると、ルチルは踵を返し山を下り始める。
 タン、タン、タン、タン。
 足音にあわせるように、リズムよく足を進める。
 一度だけ、足を止めルチルは振り返る。見上げた山道に、もう女の子の姿はなかった。
 タン、タン、タン、タン。
 急かすように足音が遠ざかる。慌ててルチルは山を下り始めた。

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