スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

連載小説「保健室のロボット先生」

LOG
  
 あやふやだった。それは、何処までもあやふやだった。
 気が付いたときには、そう言うものだった。
 だからルールを作ったのだろう。あやふやではない、不思議なことも判らないこともない世界を作るために。

 知らぬ間に、自分自身を決め付け、世界を決め付け、他人を決め付けていた。
 可能性が無くなった変わりに、世界は平和になったのかもしれない。
 でも、まだまだ可能性は十分に顔を覗かせていたし、世界はあやふやだった。
 背後はあやふやだらけ、なのに決め付けた目の前だけを見て、人は「もう大丈夫だ」と頷いた。
 後はそれを維持するものが必要なだけだ。
 そうやってつくられたロボットの背後は、やはりあやふやだったのかもしれない。
 
 ルチルは、まるで踊るように山をおりていた。心のどこかで、あの日麻と出会って消えた麻が気になっていたのかもしれない。麻一人にもどったのか、それとも片方が消えてしまったのか、ルチルには判らなかった。麻のために猫を飼える手続きをしたのは、もしかしたら無意識に罪滅ぼしでもしたかったのだろうか。答えは無いだろう。電子脳とはいえ、ログや感情として残るような情報は余りにも少ない。その考えに至った経緯は、ルチル本人だって電子脳を作った偉い人だって、判りはしない世界だ。
 少しだけ、頭の中の何かが軽くなった気がする。それはきっと、あの子に会えて良かったということだ。
 だからあえてよかった、ルチルは自分の思考に頷いた。
 でもノイズが入るのは相変わらずだし、足音に追いつけないのも相変わらずだった。
 ――でも、何か楽しい。
 知らず心が躍るとでもいうのか、テンションは際限なくあがりはじめ、テンションはテンションを呼ぶ。
 うれしたのしの永久ループだ。
 山の空気は程よく冷えていて、大きく息を吸い込むと一気に余剰熱量を廃熱することができる。
 暑いとこうはいかないし、寒すぎれば駆動系が固まるどころか、熱力が逆に足りなくなることもある。
 不便だけど、なんだかそんなところが少し人間に近くできていてルチルは好きだった。
 不便だからこそ、いまこうしてこの温度に感謝できる。どんな温度でも大丈夫なら、どんな温度もありがたくない。
 感情は上下あってこそうまれる。自分の感情が仮想的な反応による物なのか、感情予測やテンプレートにそった物なのか、それとも本当の感情なのか、ルチルにはわからない。もしかしたら、人間のいう感情とは全く別なのかもしれない。でも、感覚共有なんてできない。答え合わせができないのなら正否は自分の中にある。
 大きく息をすって、体に空気を入れる。
 ルチルは、胸の辺りに手を当てて思う。ここにあるのは、自分の信じている感情だ。だって、正解が無いのなら、間違いもないのだ。
 ――私の中身はあやふやだ。
 でも、それはきっといいことに違いない。ルチルは、道から顔を出した木の根を勢いをつけて飛び越す。
 まるで水しぶきのような音をたて、枯葉が舞った。
 
 足音は進む。足跡は確かに山を下っていて音も聞こえる。
 タン、タン、タン、タン。
 相変わらず、足音のテンポは変わらない。
 追いかけるようにルチルは足を速めるが、やはり足音には追いつけなかった。
 タン、タン、タン、タン。
 そして次第に木の隙間から、学校が見え隠れし始める。見慣れた校舎のようだが、どこか違和感がある。首を傾げてみるものの、それが何か判らない。
 ルチルに思考を許さないとばかりに、足音はどんどんとふもとへと進んでく。
 後少しで背中に追いつく、そんな距離のはずなのになぜか追いつけない。
 頭のどこかで、きっと追いつけないような追いついてはいけないような気すらしている。だけどそれよりもルチルのテンションは高く、足が遅くなることは無い。
 タン、タン、タン、タン。
 足音が聞こえる。
 枯草を踏む自分の足音も――
「あれ?」
 聞こえない。
 驚きに、ルチルは足を止めた。
 タン、タン、タン、タン。
「あ、まって」
 ルチルを無視して進んでいく足音に、一瞬にして思考をうばわれる。慌てて追いかけたときには、背後に自分の足音の事を忘れてきていた。
 タン、タン、タン、タン。
 足音が山を降りる。追いかけてルチルが山を下る。
 学校が見えてくる。でてきた扉も見える。それだけ見通しがいいのに、ヤッパリ足音の主は見えなかった。
 だけど確かに、足音は学校へむかって山を下り、そして足跡は間違いなく学校へと続いている。
 タン、タン、タン、タン。
 足音が聞こえる。姿の無い足音は、そのまま学校のなかへと消えていった。

 目の前に、灰色の扉。壁と同じ無骨な色をした扉がある。引き戸の扉には、曇りガラスが一つ。
 向こうはいつものように、普通の廊下が待っている。
 足音はなくなって、結局どこにいったかも、なんだったのかもわからない。
「うーん」
 首を捻っても答えはでてくるわけもなく、その場で考え込む。
 と、いきなり学校のチャイムがなった。
 大地を揺るがすような大音響。耳が無くてもかんじれそうな、空気が震えるような音。
 その大きな音に驚き、ルチルは反射的に体を屈める。
 音だけで風が巻き起こったのか、山が唸るほどの風が吹いた。
「きゃぁ!」
 屈んでいたのが良かった。立っていたら、きっとルチルは扉にぶつかったかどこかに吹き飛ばされただろう。
 学校の窓がいっせいに、音を立てる。ただし、一瞬。
 一陣の風、そのものといった風はそのまま枯葉を巻き上げて何処へとも無く消えていった。
 気が付けば、チャイムも収まり辺りは一気に静かになった。
「……ふー」
 一度だけ風が吹き降ろした山を振り返る。まだらに紅葉を始めた木々が見える。
「またね」
 そういって扉を開けた。引き戸は、ガラガラと重たい音を立て開く。
 学校から、暖かい空気が流れ込んで、戻ってきたのだと体で理解した。
 喧騒が返って来る。廊下を響く声と足音。
「あら、ルチル先生。どうしたの、そんな隅っこでつったって」
 階段を下りて来た秋末が、首を傾げてルチルを見た。授業の帰りだったのだろう、腕にはプリントの束が抱かれていた。
「あ、秋末先生。隅って」
 そういって振り返った。
 そこには、コンクリで打ち立てられた冷たい壁がある。廊下の端っこ、何処にも繋がらない壁がある。
「どうしたの? ルチル先生? 大丈夫?」
 おかしいのは自分だろうか。そう思って、足元を見た。
「あ……。はい、大丈夫です」
 足元に、ルチルと共に入ってきた枯葉があった。一枚だけ、まるでルチルを追いかけるように。
 彼女は、しゃがみその枯葉を手にとる。元からあって、あそこからきたのではないかもしれない。でも、一緒に帰ってきたのだとルチルは思うことにする。
 自分は壊れてない。きっと、世界は色々とあやふやなのだ。



 了

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL