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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG
  
 久しぶりにやってきた、生まれ故郷。それは懐かしい帰省のような感傷と言うよりは、なんだか旅行から家に帰ってきたときのような安心感。匂いがそうさせるのだろう、ルチルは大きく息をすってそんな事を考える。
 生まれて初めて記憶したのは匂い。視覚機構は瞼の裏でサスペンドしていたし、聴覚機構は調整が終わらず雑音しか拾っていなかった。肌感覚なんてあまりに大量の情報で何がなんだかわからず、ゴミデータとして扱うほか無かった。だから、意識して記憶したのはこの匂いなのだ。
 次に来たのは、仰向けに寝かされているという情報と、自分が素体のまま裸で寝かされている事実。それに思い当たって、いきなり思考がクリアになっていくあの目覚めの感覚を、いまだ覚えている。

 最初に発露した感情は羞恥というのだから、なんとも格好のつかない目覚めだ。サスペンドから一瞬にして復帰した視覚機構が捕らえたのは、黒いセミロングの髪をたらしてコチラを心配そうに覗き込んでいたメイドさんだった。
 目覚めたときの事を思い出す。乾燥しててわずかな埃が電気分解されるごくごく少ない灰っぽい匂い、それとグリスと錆の匂い。
 後は博士が使ってる洗髪剤の芳香と、博士の助手であるメイドさんの服についている香水の匂い。後は煩雑で、自分にはわからない。
 昔の記憶をたどるように思考が次第に熱を帯び始める。
 ルチルはそこでやっと自分が何処にいるかを思い出した。
「おはようございます、ルチルさん」
 凛と響き何処までも届きそうで、だけど小さく控えめな声。博士の助手のメイドさんの声だ。
「あ、おはようございます」
 何で博士にメイドなのかと、一度聞いたら「男性は、常に同意の元に服従する奴隷が欲しいのだよ。つマりは後腐れの無い支配欲の一つだね」と笑っていた。でも、博士はそんな個人的な趣味でメイドを従えるような人では……あった。
「気分がすぐれませんか?」
 メイドさんに言われ、ルチルは慌てて首を振る。そうだった、博士は趣味を呼吸し趣味を食べ、趣味を排泄する趣味人であった。口に出ないように頭の中でため息をつく。
 自分の顔に入っている、目から顎にかけてのメンテナンスエッジもそれだ。本来隠す事ができるが「あったほうが、格好いイじゃないかね」ととんでもない理由でけされていない。まぁどっちにしろ、腕などの良く動く部分に関してそういった偽装処理を施せば、いかほどに値段が跳ね上がるかを考えれば、コレで十分であるのは間違いない。
 残念ながら、博士は値段や利便性なんかで物事を選択するような人間ではないのだけれど。
「あの、それで結果は」
 いつものように後ろで髪をまとめていないので、一瞬力の加減を誤ってからだが揺れる。
『ルチル君。あがってきたまえ。結果はもう少しかかルが、君はそこで寝つづける必要はない』
 スピーカーが震える。博士の声は、部屋中に響き一瞬の残響を残して消えていった。
 気が付けば、メイドさんは部屋の扉をあけ、ルチルがやってくるのを待っていた。
 慌てて寝かされていたベットから立ち上がり、ルチルは扉へと走る。
 部屋は簡素で、打ち放ちのコンクリが顔を出している。のたくるようなパイプすらなく、中央に先ほどまでルチルが寝ていたベットと、周りに端末類が少し。天井はライトが覆っていてそれ以外には見えない。
 振り返り、まるで住処を離れるように名残惜しそうな顔をして、ルチルは扉をくぐる。
 メイドさんが後ろで扉を閉める音が聞こえた。
 
「それにしテも久しぶりだね、ルチル君」
 ボサボサの頭と、無精ひげ、くしゃくしゃの白衣に、よれよれのズボン。マッドサイエンティストの役で演劇にすぐさま出れるぐらいの、ピッタリ具合である。
 そんな懐かしい姿に、ルチルは薄く笑う。
「お久しぶりです、博士。博士はお変わりありませんか?」
「ん? そうだね、向こうの工場から君の面倒をよろシく頼むって来たぐらいかな」
 そういって、意地悪そうに博士は笑った。
 製造元は町外れの工場。養護教諭専属が決まったときに、外部増設を施すために一度行ったきり行った事の無い場所。作られたとはいえ、そこで起動させられたわけではないのでルチルにはそこに特に感慨はなかった。
 火が入れられたのはこの施設、博士の個人研究所である。なにやら色々あって、そうなったらしいが本来ならば、ルチルは搬入予定の老人介護施設で起きるはずだった。車の事故があったり、施設が破壊されたり、丁度そこに博士が居合わせたりと、なにやらきな臭いが確かめ様も無い事実と偶然と虚偽の上でルチルはこの施設で起きる事になった。
「あそこは、嫌いカい?」
 ルチルは表情に出たのだろうかと、一瞬驚いた。しかしその驚きでばれたのだと、すぐに気が付く。
「君の精神レベルはまダ、昔のままだね」
 う、とルチルは口篭もる。
「博士、これ以上ルチルさんを苛めるのはどうかと」
 後ろに控えていたメイドさんがたしなめると、博士はバツが悪そうな顔をして頭をかいた。
 博士の後ろには、大きなガラスが張られそこから先ほどルチルが寝ていた部屋が見下ろせるつくりになっている。後はベットにつながれている機器のモニタと端末が部屋に所狭しと並んでいた。年季が入っていて、所々塗装がはげているのが見える計器類。手垢に汚れたダイヤル。そのどれもが時間と、そして大事にされてきた愛情を無言で表現していた。
「それで、本題に入ろうか。といっても、結果が出るまで特に聞くことは無いのダが」
 そういって一息、博士は座りなおすとルチルをまっすぐ見据える。
「一つだけ聞いておきたイ。君は、安心するための材料を探しに来たのかね、それとも確信を得るためにきたのかね」
 ボサボサの髪の毛の向こうから、博士の視線が突き刺さる。ルチルは知らずに息を呑んだ。
「私は――」
 天井を見上げる。くすんだ電灯が、不安定な電圧に揺らいでいる。
「信じたことを、確認しにきました」
 二人の麻に会った。麻じゃない麻はその時消えてしまったが、もう一度出会う事が出来た。あるはずの無い扉の向こう、あるはずの無い山の上、いるはずの無いもう一人の麻に。
 今なら、その記憶を信じて上げられることができる。ルチルは自分自身に一度頷く。
 学校にはえていない木の葉があったからでも、自分以外の人間がそれを見たからでもない。ただ、あそこで自分を待っていた麻じゃない麻は、寂しそうでそれを嘘だなんて思いたくなかった。
「ふム」
 博士はルチルをみて、神妙に頷く。
「これは改めなければいけなイね、君は昔のままの君ではないようだ」
 それは、壊れたという事だろうか。不安になって、ルチルは顔を上げた。
「しっかりと成長して帰ってきたよウだね」
 そういって、博士は笑った。
 同時、彼の後ろで電子音が一つ。
「結果が出たようダね、少しまってくれ」
 振り返り、博士がなにやら手元を操作する。一瞬の間もなく、目の前にあった大きなガラス窓に文字が埋め尽くされる。
 ルチルはその文字が、まるで呪いの文字に見えた。

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