スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

連載小説「保健室のロボット先生」

LOG
 
 ちょっとだけ驚いて、気が付けば険しい顔をしていた。
 でも、そんな事を意識せずにできた自分を、ルチルは少しだけほめてあげたくなった。ロボットに、不快というものは殆ど無い。痛みがわからないので、それこそ体を酷使しないかぎりあらわれない現象だ。そして、そういう不快感が外に出ないようにもなっている。
 それは、医療・福祉に携わるためにつけられた枷。看護師はいつまでも笑っており、ヘルパーは笑顔で対応する。そう言うことだ。
 だからルチルにもその機能はついていた。そして、それが少しだけ自分を機械なのだと自覚させている。

 だから、目の前に踊る呪いの文字をみて顔をしかめた自分をルチルは少しだけほめてあげる。
「そんな、気になルかね。別にエラー内容ではないから安心したまえ。コレは、ただの情報の羅列だ」
 よくよく見れば、そこには神経伝達速度やら、薬物反応遅延平均時間、など色々と見たことも無いような言葉と共に数字が並んでいる。
「コレは、君の情報そのものダよ」
 そういって博士は笑う。一面に拡がったルチルの情報を見ながら。
 博士は、暫く静かにその文字列とにらめっこをしていた。どれぐらいだろう、ルチルは特にする事もないので、同じように一面に広がった文字を追っていた。
 自分の体はこんなにも大量の情報を持っているのかと、驚き感心する。
「お茶をお持ちしました」
 と、先ほどから見えなかったメイドさんが、お茶を盆にのせて部屋にもどってきた。
 上がる湯気に、お茶の匂いが漂ってくる。
「はい、ルチルさんもどうぞ」
 渡された湯のみをルチルは、両手で抱え込むように持つ。
 手のひらからじんわりと暖かさが拡がって、なんだか体が温まるような感じがした。
「いただきます」
 いいながら顔を上げると、博士もお茶を受け取っていた。しかし視線はじっと文字の羅列を追っている。
 なぜだかその姿をみてルチルは、彼が文字列と会話しているようにすら見えた。
 
 どれくらいだろう。気が付けば湯飲みの中のお茶は無くなり、湯のみが冷えていた。
 動きを見せていなかった博士が、ゆっくりと体を傾ける。椅子が、軋みを上げた。
「ふむ……」
 その言葉に、いやに不安を覚えルチルは身を乗り出した。
「あの、博士」
「外部増設で結構負担がかかっているね、所々、反応が鈍くなっているところがある。相変わらず運動性能は悪いから走らないように。膝関節に無理がきている、確かに走る事はできるが廃熱が追いつかない、やり過ぎれば関節部分が熱でやられる。潤滑剤も少し蒸発しているようだから、後で補填してオこう。あと、ルチル君。姿勢が悪い、姿勢制御ソフト更新したほうがいいかもしれないね」
「……え?」
 てっきり、記憶障害や聴覚機構なんかを言われると思っていただけに、博士の言葉にルチルは呆ける。
「君のいっていタ、記憶や五感機構に問題は見られない。それと、コレは本来やってはいけないことなのだけれど」
 そういって博士は、いつのまにかに持っていた紙をルチルに見せる。
「これは?」
「コレは、君の記憶情報。本来記憶改ざん防止のために、抜き取れば記憶は壊れる仕組みだ。量子暗号化もされている、物理的に複製は不可能……なのだが、まぁ色々とズルする方法はのこっていてね。君が行っていた時刻に絞って抜き出させてもらった。安心したまえ、個人情報に関しては抜き出していないし、見てもいないから」
 ロボットの記憶というのは、証拠物件にもなるしそのまま重要な情報になる。本人の意思のみ出力が可能になっている。改竄は人間の記憶より簡単だ、基礎理論は既に出来上がりツール一つで書き換えようと思えば書き換えられる。だからこそ、改竄もコピーも出来ないような厳重なプロテクトがかかっているのだ。それを、こともなげにコピーしたというのだ。
「は、はぁ……」
 電子脳を走査してもコピーされた形跡も壊れた形跡も無い。ルチルは、呆けるほか無かった。
「出力も紙以外に残していない、コレも確認しだい焼くから他言無用で頼ムよ」
 そういって、博士は笑う。
 が、すっと笑みと止め彼はルチルを見た。
「さて、記憶に関してだが。全く持って問題は無い。外部走査でも、エラーの発生を捕らえきれなかったのでこうやって出力させてもらったワけだが……コレが見事に整合が取れている。コレを逆に嘘だというのは、難しいかも知れないね」
 そういってため息をついた。
「でも博士は信じられますか?」
「ふむ……、長いことこう言う仕事をシてると頭がおかしくなるんだ」
「え?」
「世の中割り切れる事ばかりじゃないことに気が付いてしまうンだよ」
 そういって、博士は笑う。その笑い声は、少しだけ寂しそうに聞こえた。
「私の記憶は、正しいんですよね」
「どうせ、結果がどうであれ、君の中の答えが変わるとは思えないケど?」
 意地悪そうにルチルを見ると、博士は椅子から立ち上がり側に控えていたメイドさんに紙の束を渡した。
 メイドさんは、そのまま紙の束を持って部屋を出て行く。
「博士。博士は、信じますか? 同じ人が二人いたり……知らないところに扉があったら」
「そうだね。ま、調べられるなら調べて見たいね。もし消えてしまう物なら――」
 頭を指差して博士は言う。
「せめて覚えておきたいモノだ」

 検査結果を貰い、ルチルは研究所の廊下を歩いている。前をゆくのは博士である。足取りはゆっくり。何も無い平面だけで構成された何処までも続く廊下。淡い光に照らされ、それはおぼろげに輪郭を見せている。
 ゆっくりと廊下はカーブを描き、まるで巨大な円の上にいる錯覚さえ覚える。先も跡も行き止まりは見えず、ゆっくりと細くなって最後には壁になる。円を描いているのだ。
 まるで、ディスクの上を歩いているような錯覚。
 だとしたら、自分はディスクの上に乗っている情報だ。
「ルチル君、いいものを見せてあげよう。多分、今なら見えるハずだ」
 いきなり博士が立ち止まり、廊下の壁を軽く叩いた。
 金属が割れるような、甲高い音がしていきなり視界が開ける。
 既に時間は夜。空には、星が瞬き月が出ていた。
「……月」
 丸い、丸い大きな満月が出ている。
「月だろウか?」
「え?」
「だって、今日の月齢は、0.0八七三。新月だよ?」
 空には丸い、大きな月。満月が浮かんでいる。

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL