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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG
  
 小さな海に面した盆地。交通手段は、一時間に数本の電車と海辺りから続く道。産業道路は常にトラックが行き来し山を越える道は無い。まるで呼吸と栄養だけをチューブで無理やり送り込まれているような、そんな街だ。
 都心の近くではあある、かといって便利かといえば頷ける要素は無かった。空気も悪く、海も秋口にはクラゲが蓋をする。街を切り取るような細い川が中心部を貫くように流れ、そのまま川に流れ込んでいる。下流の癖に川幅が広くないのが皆不満で仕方が無い。まるで用水路か下水にしか見えないからだ。

 ルチルの勤める学校は、街の北側。この街唯一の電車の駅の近くに立っている。駅からのびる商店街をそのまま南下、川が見えたら土手を歩く。そのまままっすぐ行けば、街で一番高い建物の病院が見え、そして海に出るだろう。
 病院が見える前に、土手を降りて東に。ルチルの勤めている中学校がすぐ見えてくる。
 とはいえ今日は休日で、ルチルは学校には居ない。
 彼女は、家を出て土手を歩いていた。秋も過ぎ去ろうというぐらいの寒い風が吹いていたが、もとよりロボットが寒さに弱いわけが――
「寒い……」
 空は灰色に染まり、風は刃物のように街を駆け抜けている。川縁は山から吹き降ろす風の通り道なのか、水が近いからなのか、やけに肌に突き刺さる。
「うぅ」
 ロボットは気温変化には、強い。それに寒ければそれだけ廃熱効果もあがり、出力も上げやすくなる。だが、もとよりそんなに熱を持たないようなタイプなら話は別だ。ルチルは外部増設をされているので、発熱部は分かれている。メインは頭部にある電子脳だが、腰の辺りに増設部を設けている。もとより高級品ではない体に増設をしたためそれをしようするために冷却システムもかなり変えられた。
 末端の関節部というのは脆く繊細に出来ている。そのため、温度調整が必須である。ただでさえ体中の温度が突拍子も無く上がったりするような場合、それに対応するために温度調整だけはしっかりしているものなのだ。
 結論を言えば、彼女は己の熱量を押さえ込むために体中に温度調整用の熱交換液が流れている。潤滑剤にもなり、関節部の温度を取れるので重宝がられているそれだが、問題が一つだけある。
 寒いとそれが粘り気を持つのだ。
 普通そんなものは、己の温度調整でなんとでもなるレベルなのだが、ルチルは少し様相がかわってくる。
 体を温めるために、調整機能を働かせれば一気に体の熱は限界を超える。調整機能自体が発熱する温度で十分だ。止めれば粘る。動かせばオーバーヒート。もっと寒ければ逆に暖める事も出来るのだが、秋の暖房はいらないが薄着が出来ない微妙な寒さが苦手なのである。
「ううう」
 体を小刻みに動かして何とか暖めようとする様は、ある意味人間らしいといえば人間らしい。
 端から見ればであるのだけれど。
 川が凍るにはまだ暖かい、息が白くなるにはまだ暖かい。だが、呼吸のたびに体中から温度がなくなっていくのがわかる。
 酸素は欲しいが、温度が惜しい。体を動かせば、と思いついたがすぐに『走れるような構造はしていナいから』という博士の言葉を思い出し諦める。
 土手は人通りは殆ど無く、たまに体を屈めて足早に通り過ぎていく人がいる程度だ。
 ルチルは静かに土手を海に向かって歩いている。
 何か目的があってというわけではない、それなのに彼女は体に鞭を打って海へとむかっていた。
 風に押されるように、フラフラとルチルは歩く。アスファルトに舗装されていない踏み固められた土が顔を出す土手は、風が吹くたびに埃を巻き上げていた。
 と、一際強い風が吹く。
 巻き上げられる埃が、風の形をかたどり土手を走った。
「わわ……」
 風に煽られ、ルチルはバランスを崩し前に倒れそうになる。
「と、とと」
 体が上手く動かない。一歩前へ、重心を落とし両手を広げて何とか転倒を免れた。
 重心が落ち着いたのを確認して、ルチルは体を起こす。
 ゆっくりと広がっていくのは彼女の視界、灰色の雲に覆われた空へ続くような土手。ゆっくりと曲線を描きながら、それは――
「海だ」
 海へと続いていた。

 気が付いたら、ルチルは誰も居ない砂浜に立っていた。
 膝が過剰熱に喘いでいる、それにしても弱い体だと思ってそ、そういえば外部増設の所為で体重は膝の強度限界だったという事を思い出す。
 そりゃしかたがないと言ったふうに、彼女は頭をかいた。肌寒い風のおかげで廃熱は一瞬。もう海を見て楽しむだけの余裕が彼女には会った。
 黒い海は空の照り返しを受けて白く染まり、乾燥したクリーム色の砂浜。海と砂浜の境界線だけ濡れた砂が色をもっていた。
 水平線は曇って見えず、空は灰色で海との境界を曖昧にしていた。全体的に夏とちがってぼやけた印象の秋の海は、静かに波をいったり来たりさせている。
 曖昧な雲の向こう、太陽が居るであろう場所がほかより明るくなっていた。
 けして綺麗とはいえない風景だったが、世界が一色に染まっていくようでルチルは呆けた顔で海を見ている。
 砂を噛む足音が、波の音をぬって届いた。こんな時期のこんな場所に人が。と不思議に思い、ルチルは振り返る。
「早まるなって。生きてりゃ……ありゃ、ロボットか」
 何を言ってるのか判らず、ルチルは首を傾げる。
「生きるって……」
「ああ、いやこんな時期に砂浜に一人で立ってたら入水自殺かとおもうじゃねぇか」
 夏はずっと泳いでいました、そういわんばかりの真っ黒な肌は秋になっても全く衰えていない。無駄な筋肉はなく、泳ぐための滑らかな体つきと、秋末よりも顔一つでかい背。
 それよりも何よりも、絵に描いたような笑い方をする男がソコにいた。
「で、ロボットのアンタはなんでこんなとこに? もう海の家も閉店だぜ」
 馴れ馴れしいが、笑顔とあいまってどこか漫画的というか芝居がかっている姿にルチルは薄く笑う。
「いえ、特に何も。ただ気分で」
「へー、ロボットも気分とかあんのか。そうか、あるか……あるよなー」
 勝手に納得して、ガハハハと豪快に笑い出す。短く塩と日に焼かれた少し茶色い髪の毛が笑い声といっしょに揺れている。
「珍しいですか?」
 確かにこの街にロボットは少ない。工場も山の方に一つ、研究施設には世界屈指の博士が居るが助手は一人で隠匿といった方がいい。大体、ロボットが必要な仕事すらここにはないから、殆ど見ないまま生活している人も多いだろう。
「そうだなー、ここらへんで見るのは珍しいな。だってロボットって潮風だめだろ?」
 いつの話だと、ルチルはため息をつく。
 男はルチルのことなどきにもしていないのか、一人で笑っていた。

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