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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG
  
 それは、贔屓目に見ても奇妙な取り合わせだっただろう。
 真っ黒に焼けた健康的な肌を寒空にさらし大声で笑う青年と、幾分型の古い養護教諭専属のロボット。しかも場所は、海辺でなぜか二人は会話をしている。
「ロボットだからって、潮風に弱いなんて差別です」
「どうして? だってバイクとか置いてちゃだめだとかいうぜ?」
 男の言にルチルは飽きれた顔を返す。
「そりゃ、雨曝しで放っておかれたら……。人間だって、外にずっといて何もしなかったら病気になるでしょう?」

 むしろ人間の方が弱い。腕の一本が無くなった程度で瀕死になるようなひ弱な生物が、正直ロボットと頑丈さで競い合うなど間違えているのだ。なんにだって脆弱な部分はある、ロボットは人間に作られたからその脆弱な部分が良く知られていて、人間は自分の体も知らない無知であるだけだとルチルは思う。
「俺はなんねぇぞ? 野宿ぐらいなら何ヶ月だって大丈夫だ!」
 そういってまた豪華に笑い出す。話が食い違っている気がするが、ルチルは曖昧な笑顔を返す。ロボットは人間より燃費が悪く、致命的な損傷がイコールで死につながる。人間のように奇跡の恩恵を受ける事は出来ず、電子脳に供給される電気がなければ一瞬で死が手を伸ばしてくる。
 頑丈ではある。だがそのぶん融通は利かない。無理をするという事が出来ないのがロボットの現状なのだ。
「どっちもどっちってことで」
 両手の人差し指を立て、ルチルが言うと男は目を丸くしてまた笑った。
 何が気に入ったのか、力いっぱいルチルの背中を叩く。そのたびに今にも凍りつきそうな関節部分が悲鳴をあげた。
「あんた、面白いな! そうだ、あんたなら判るかも知れない。見てもらいたい物があんだ」
 そういってまた勝手に歩き出す。
 自己中心的とは違う、どちらかといえば何も考えていないといった方がいいだろう。自己中心的な考えというのは、自分の周りに人々が廻っているという自分を中心として人々を認める考えかただ。この男の場合は違う、自己一点主義とでも言うのだろうか、他をかんがみないそのぶん上下もないので人当たりは良い、だが他と出来るだけ協調していきたい、波風を立てたくないと考えるタイプとは絶対的に相成れないタイプの人間だ。
「あ、あ……ちょっと」
 腕を引っ張られ砂浜を横切っていく。
 向かう先、小さな小屋が見えていた。

 夏は賑わっていたのだろう、熱気の残滓があたりにまだ染み付いている。
 既に時期を終えた、秋口の海の家。冬を越え、春を迎え次第に熱量はなくなり、来年の夏には新しい熱気を受け入れる準備が整うのだろう。久しぶりに開いた扉の前に立って、ルチルはその小屋の中を見る。
 差し込んだ光に、埃がちらちらと反射しまるで雪の中のような光景。柱や机、たたまれた椅子のいたるところに残る夏の熱気は、手をかざせば感じられそうなほどいまだ生き生きとしていた。
 耳を澄ませば、夏の喧騒が聞こえてきそうな、だけどもうそんなものはないと否定する埃の匂い。そんな二つが入り混じった、不思議な空間。その向こう調理場のあたりに銀色に光る塊があった。
「ここな、俺んちがやってる海の家なんだが……アイツの調子が悪くなっちまってなぁ。ロボットのあんたならなんかわかるんじゃないかと思ってさ」
 そういって指したのは、奥にあるその銀色の塊。視覚機構の解像度と明度のバランスを調整すると、おぼろげながらその姿があらわになっていく。
 恐ろしく旧式の調理専用ロボットがそこで佇んでいた。埃と、熱気の残滓の向こう、俯くようにじっとしているその姿はまるで石像のようにその場に張り付いている。
「俺がガキんときに、母ちゃんが知り合いから貰ってきてな。古くなったんだけど、まだまだ動けるからって。実際去年までは元気にうごいてたんだけど、今年調子わるくてなぁ。店に持ってくにも、貰いもんだしどうしようもなくてよ」
 言いながら、男はそのロボットの側に歩いていく。薄暗い中を、かってしったるともいえる軽い足取りで調理場へ。ルチルも追いかけるように男の跡を追った。
 調理場は小屋の作りに反してしっかりとした機材がそろっていた。焼ソバや、鉄板焼用の巨大な鉄板。中華が作れそうなほどしっかりとしたコンロに、一夏の食材を溜め込むための冷蔵庫。
 料理なんてさっぱりなルチルでも、しっかりしてるのがわかるほどの設備であった。
「すごいですね」
「ん? ああこれか。こいつがきてから、繁盛するようになてなぁ。でも、繁盛させたのはこいつだから、なんか自分達のために使うのも躊躇われてよ。んで少しずつ儲けでそろえていったら気が付いたら……な」
 懐かしい思い出を思い返すように男が呟く。彼の目の前には、調理専用のロボットが座っている。ルチルの記憶にも無いほど古い型だ、自分が古いと思っていただけに大先輩にあってルチルは息を呑む。
「なぁ、こいつの調子みてくれねぇかな」
「私は……」
 私は、技術者じゃない。そう言おうとしてルチルは口を噤む。
 男がそのロボットを見る眼は、何処までも優しくそして静かな目をしていた。
「私はそんなに詳しくは無いですけど。でも、何処が悪くて何処へお願いすれば直るかぐらいは判るかも知れません」
 きっと電子脳も積んでいない旧型だろう。料理を作ることだけを教えこまれ、それだけを続けるだけのロボット。
 ルチルは手を伸ばす。大事にされてきた磨かれた外装。油を何度もさしなおされ、それでも磨耗し磨り減った関節。自由に歩くために足は二本だが、腕は円柱の胴体に均等に六本、その全てが綺麗に磨かれていた。料理の匂いが染み込んだ鉄。ルチルはそのロボットの頭部をさする。
 メンテナンス用の端子を見つけルチルは、端子の生存を確認する。流石にメンテナンス端子なんて殆ど弄られてなかったのか、外装とは違い誇りが被っていた。
 五つの端子のうち一つが死んでいるが問題はない、ルチルは腕にある自分のメンテナンス端子を取り出す。ロボットは基本的には互換している、だから自分以外のロボットでも情報のやり取りが出来るし、外部から信号を送って破壊されかかったシステムを復旧する事も出来る。ロボット専用の救護ロボットにもなると、五、六体のロボットの電子脳を丸々コピーできるほどの容量を持ったものもいるぐらいだ。
 出来ないことは無い、これでも種別的には医療福祉に従事しているのだ。自分に言い聞かせるようにルチルは端子をつなげていく。
「おお、すげぇな。ロボットみたいだ」
 場違いな言葉に、こけそうになるが無視して作業を開始。質問信号を飛ばして、内部を確認。エネルギー残量と、記憶ROMの生存を――
 一瞬、頭の中に火花が走った。
 それはスイッチのような、軽くて乾いた音と共に目の前で炸裂する。
 三重の防壁ソフトが一瞬でハングアップ、リブートを試みるものの、ハングアップしたまま応答が無い。急いでソフトへKILLコマンドを投げつけるが、それすら反応しない。
 脳裏に、「罠」の一文字が浮かぶころには、通信プロトコル制御ソフトの一部が悲鳴をあげ反応しなくなった。
 物理的損傷を伝えるアラートは無く、内部ソフトのみが次第に応答をなくしていく。片っ端からリブートを試みても、反応はなく命令スタックが限界へ到達。
 幾許かのタイムラグの向こう、記憶領域のパージが失敗したというメッセージが脳裏に響く。
 曰く絶体絶命。
 ルチルの体中から、廃熱処理のファンが音を立てて廻りだした。
 

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