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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG
  
 ――死は人生の終末ではない。生涯の完成である―― ルター
 詰まるところ、人間は未完成な生涯を何十年という時間をかけ、完成させるための生き物だという。しかしロボットは既に完成している。
 したがって、ロボットは生きていないし、死なない。
 己という、自己認識はあってもやはり生きていないのだ。
 だから自分が消える事に対して、ルチルはそれほど恐怖を感じる事はなかった。
 
 意識というよりは、自己認識。己が己であるという確固たる思い。それは余りにも当然で、そして強大だから中々気が付く物ではない。空気の存在を意識するようなものだ。いつでもあり、どこにでもあり、無くなるまで必要とは感じない。
 視界の中で、何かがはじけるような光を見た。
 聴覚が、なにか声のようなものを聞いた。
 触覚が、何か暖かい物に触れた。
 でも、意識が意識を感じる事が無くなる。次第に気迫になり、まるで大量のDATAに押し流されるように。
 ふと消え入りそうな意識のなかで、ルチルは思う。
 こんなにも、このロボットは生きていたいと思っているのだ。
 己の体では恩を返せず、まだやらねばならない事がある。塗りつぶされていく意識の向こうで、言葉にはならない焦りと、後悔と、懇願が見て取れた。
 飲み込まれる。調理ロボットの記録しつづけた情報が、メモリ空間を塗りつぶす。
 なんとかして記憶領域をパージしようと試みるが、既に意識とコマンドに同期は存在せず、どうやっていままでコマンドを自分が飛ばしていたかも忘れているようだった。
 ――消える。
 意識が呟いた瞬間、自己が自己を認識できなくなった。
 
 イメージとしては白い闇。真っ白なくせに、まぶしくない。それは無いという認識なんだろうか。黒ではない、明るくも無い、光も無く闇も無いそんな場所。
 フラットと表現するのは少々憚られるが、何も無くそして揺らがない。
 ――宇宙が出来る前はこんなだったのかな。
 ルチルは思う。
 思った事を認識した瞬間、上昇感と落下感が同時にやって来る。それは、理解できないという意味での恐怖を刻み込んでいった。
 恐怖を芯に、意識が確定していく。まるでそれは水あめの中から、棒を引っ張り出すような粘性と惰性と、ほんの少しの期待。
 ずるりと、まるでなにか滑り落ちるように意識が返ってきた。
「おい! 大丈夫か! おい!」
 野太く、空気の震えが耳を打つ。驚きに意識が覚醒して、ルチルは慌てて回りを確認した。
「え……あ、はい」
 急いで時間を確認。メンテ開始から、殆ど時間はたっていなかった。ハングアップしていたソフトたちが息を吹き返している。
 リブートが成功したのだろうか、特に目立った損傷はなく一体アレがなんだったのかルチルには判らない。
「そうかそうか、いきなりプシューって音たてるからさ、びっくりしたぞ」
 ああ、そんなになっていたのか、と少々気恥ずかしいままルチルは愛想笑いを返した。
 コードは繋がったままだ、調理ロボットは沈黙を保ちその場に佇んでいる。
 もう一度、調理ロボットのメンテナンスシステムを叩いてみると、今度は普通に情報が返って来た。
「えーっと……ニ腕、四腕の関節部の反応遅延。カメラレンズのクリーニング警告に……、廃熱用液剤の補充警告、記憶野の不良セクタ警告、全検査項目に経年劣化の警告と……」
 ぼろぼろですねぇ、とルチルは言う。よくわからんと男が首を捻った。
 もう交換用の部品は無いだろう、神経コードはほぼ半数にわたり断線しており苦肉の策としてバイパスを引き続けた跡が残っている。おかげで情報転送が間に合わず、更に関節などの駆動系に負担がかかっていた。最悪なのはカメラで、外部レンズの汚れではなく内側。カメラレンズと受光機のあいだは、密閉されているが空間がある。何度もレンズを動かした結果だ。それは、すでに何度もという言葉では足らないほど、繰り返し繰り返し物を見てきたということ。
 調理ロボットが、どれだけ頑張ってきたのかルチルにはわかる。
 彼は自分を引き取ってくれたこの海の家に感謝をし、それに答えるべく体に鞭をうっていた。
「もう、新しいのにしなきゃまずいかね……できれば、こいつをつかっていたいんだが」
 寂しそうに頭を掻いて男が言う。
 部品も無く、整備方法も既になくなってるであろうロボットをなおせる人間なんて……。
 いた。
「一人だけしってます、直せる人を。でも……」
 調理ロボットも、これ以上迷惑をかけたいとは思っていないはずだ。
「でも……新しく買った方が、その……安く済みます……このロボットは廃品にしたほうが」
 正直ほぼ全てのパーツを特注するぐらいしか方法がない。あの博士がいくら安くしようとも、必要経費がどうしたって出てくるのだ。
「はぁ? なにいってんだよ。あんたロボットだろ? なんでロボットがロボットを捨てるなんていうんだ?」
 ルチルは目をそらした。
「ロボットだから……です。私たちは道具ですから……」
 搾り出すように呟いた瞬間、視界がぶれる。
 頭が叩かれたのだと、理解するのには暫くかかった。
「へ。あ」
 驚きに顔を上げると、口をへの字に曲げた男が見下ろしている。
「こいつは家族だ、家族が動かなくなって邪魔になったからといって、捨てるような家族はいねぇ! 例え新しいロボットを買ったってこいつを捨てることはねぇ!」
 肩を力いっぱいつかまれて、ルチルは揺すられる。電子脳が揺れにスパークしかかり、ルチルは目を回した。
「へ、あ、はい。す……みません」
 一瞬、空白のはずのメモリの向こうで誰かがクスリと笑った気がした。
 不思議に思い、ルチルは全メモリ領域の走査をする。先ほどのエラーで出来たであろう、空きメモリ領域に、不正セクタが見付かった。
 小さく、まるで隠れているようにこじんまりとした不良セクタだった。まるで、目の前の調理ロボットが残していった手紙のようにおもえ、ルチルはそのセクタをそのままにする。
「さぁ、連れて行ってくれ。こいつを治してくれるところに」
「え、あ。はい。でも呼びつけた、ほうが早いと……」
 揺さぶられつづけているので、声が安定しない。
「そうなのか? だって色々道具とか必要だろ?」
 男が首を捻る。
「それを調べるために一度見ていただいたほうが」
 ルチルの言に、男は納得いったというふうに手を叩いて頷いた。回線を開いて、研究所をコールする。すぐに研究所に居るメイドさんが出た。
『ルチル様ですか、いかがされましたか?』
 品のいい声が電波に乗ってやってくる。
『あ、はい博士に少し見ていただきたいロボットの方がいまして』
『了解しました、……場所は確認しましたのでそのままお待ちください』
 そういって、通信はきられる。男は未だにルチルの肩を振りつづけている。

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