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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 肩を揺すられつづけ、次第に思考があやふやになっていく。
 ルチルは何とか男の手から逃れようと身をもがくが、既に目を回し力を入れることすら叶わない状態だった。
 なんとかして、身をよじるぐらいが彼女の出来る事でソレも次第に怪しくなっていく。
「あ、あの。手を……」
「その直してくれる奴はいつ来るんだよ!」
 興奮した男には、ルチルの消え入りそうな声は届いていなかった。必死で声をあげる物のやはり上手くはいかない。
「大丈夫なのか? 直るのか? なぁ、おい!」
「あぁぁ……ですから……て」
 拷問は続く。

 既に時間間隔すら怪しいほど目を回したルチルの耳に、車の走行音が聞こえてくる。海の家の丁度上の当たりでその車は停止、扉の開く音がした。
 来てくれたのだろうか、疑問に思ったところで音を分析して確認する余裕はない。ただ、博士達であることを祈るのみ。
 男が車の音に気が付いて手を止めてくれるかもしれない。そんな淡い期待は、すぐさまに打ち砕かれる。
「おい、聞こえてるのか。おーい!」
 更に振りが激しくなっていく。視界が物を認識できず光の筋となって目に残る。
 ああ、このままでは意識が。
 その日二度目の危機に、今度こそピンチだろうかとおぼろげな意識で考えていると、声が飛んできた。
「ルチルくん、いるカね? 珍しい君の頼みだから、飛んできたぞ。実際飛んできたわけだが」
「博士、あちらに」
 声に、首を回すと博士とメイドさんが立っているのが見える。だが、すぐに視界はぶれて何も見えなくなる。
「あ、の……きました」
 開いている腕をなんとか上げて、ルチルは博士達を示す。男がその手にやっと気がついたときには既にルチルは限界に達していた。手の束縛から離れそのままルチルは地面へ。基本的に調理場の一部以外は砂浜と何ら代わりが無い、そこにルチルは顔から突っ込んだ。
「ルチル君。それで君の言っていたロボットは何処ダい」
「博士、あちらに」
「なんだ、あんた等が直してくれるのか?」
 取り留めの無い会話を聞きながら、ルチルの思考は暗い闇へと落ちていった。 



 夢という物を、ロボットは見ない。記憶領域の整理をしたって、ソレが意識の表面上に現れる事は無い。データベースを弄くっても、参照している物が気が付く影響なんて、一瞬情報が見えなくなるとかそう言うレベル。だから、夢は見ない。
 きっとそれは、バグとかそう言う話だった。あの時見た情報の奔流に、メモリの一部が誤作動を起したのだ。本来整理される場所を移動している瞬間、記憶野を飛び出て視覚情報に転がってきたような、そんな些細なバグ。
 
 目の前に調理ロボットがいた。見た目はボロボロで、今にも壊れそうなほど動きが怪しい。けれどそのロボットは懸命に数本の腕を使って料理を作りつづけていた。その姿は、ルチルには余り鮮明に映らなかったが、それでも必死で動いている様は判る。
「本当に、貴方を直してよかったんでしょうか」
 呟いた言葉に、ロボットが動きを止めた。
 言葉はなく、じっとルチルを見据えている。
「まだ、貴方は働きたいですか」
 言うと、今度はゆっくりロボットが頷いた。ルチルは苦笑する。確かにロボットに、精神的なストレスという物は無い。状況に問題を感じたり、疑問を感じる事があったところでソレを状況を続けることの是非は全く繋がらないのだから。自分が出来るならやる。出来なくなったら、申し出る。至極簡単なスイッチによってのみ成り立っているのだ。
「貴方は……幸せでしたか?」
 ロボットが止まる。彼は感情すら持ち得ない、作業ロボットだ。幸せなんて判らない、大体不幸を知らないのだから比べ様が無い。
 だから、彼には答えられない。
 だけどロボットはゆっくりと頷いた。夢だからだろうか。でも夢をみるだろうか。ではなんだろうか。でもロボットは頷いた。
 あるがまま。あるがままなのだ、とルチルは思う。頷いたロボットありがとうと呟いた。



「目がさめタかな」
 聞き覚えのある声に、ルチルは目をせわしなく動かした。すぐに頭が動き出す。
「あ、博士。調理ロボットさんを」
「ああ、もウ終わった。アレは型が古いが今も稼動してる物が多いんだ。まだパーツは細々ながら作られてる、何の問題もなかったよ」
 ルチルの顔を覗きながら、もじゃもじゃの髪の毛と無精ひげの博士が笑う。
「そうですか……」
「ありがとうな! あんたのおかげだ!」
 勢い良く肩をつかまれた。先ほどの恐怖がよみがえり、一瞬身を固めるが今度は揺すられる事はなかった。
「は、はぁ。どうも……」
「さて、ルチルくんの調子も見ておコう」 
 博士の言葉に、背後に控えていたメイドさんが前に出る。静かに一礼をして腕からのびていたコネクタを取り上げた。そういえば、つけっぱなしだったと、ルチルは思い出す。
「失礼します」
 割り込み制御の一部が、開放されルチルの意志から離れる。される側からしてみれば、けして気持ちのいいものではないが仕方が無い。すぐに終わるような物だと、ルチルは目を閉じて終わるのを待つ。
「終わりました。記憶領域の空きに一部不良セクタが見受けられます。後はとくに問題はありません」
「ふむ、なぜそノままに?」
 調理ロボットを調べたときにできた歪だ。ソレがまるで、ロボットがくれた贈り物のような気がして、ルチルは首を振る。
「いえ、とくに理由は……」
 もしかしたら自分も、料理が上手くなるかもしれない。
 メイドさんが、ルチルを見下ろして薄く笑った。ルチルも笑い返す。
 調理場で、調理ロボットが薄明かりを受けて光っていた。



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