連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 規則的な揺れと、同時にやって来る心地よい音。
 コトンコトンと、まるで軽い物が落ちていくようなそんな音。静かな街を出る方法は二つ。電車に乗るか、車に乗るか。
 ルチルは、久しぶりに電車に乗り都会へと向かっていた。
 単線ではないが、乗客の数から言って単線でも事足りそうなほど寂れているが、それでも都会と呼ばれる場所まで、一時間もかからない。まるで、首都圏のエアポケットのような町。
 夜になると真っ暗で、あたりを囲まれてる事もあって、まるで闇を湛えるダムのようにすら見える。それほどまでに町は、静かだった。
 次第に喧騒が混じり始める車両内で、ルチルは目を瞑り聴覚機構だけで周りを聞く。

 学校の試験の話、友達の話、遊びに行く話、携帯電話を打つ音に、雑誌や小説の捲れる紙の音。クシャミや咳、足音に衣擦れ。車両内は、けして五月蝿くは無いのだが、それでも音に溢れかえっていた。
 そして、まるでその音を乗せて運ぶように定期的に音が鳴る。レールの途切れ目を車輪が通過する音だ。
 ゆっくりと、雑多な音に身をゆだねると体に染み込んでいくような、そんな錯覚を覚える。
 ルチルはイメージする。古い型の電子脳の中を動き回る電気信号が、まるで音を奏でるように点滅し、動き回り波のように動いているさまを。
 
 ゆっくりとした旋律は、なんだかゆりかごという物を髣髴とさせる。ロボットのルチルに、子供の頃という時期はないが、ゆりかごがどういったものかぐらいは知っていた。
 目をつぶると、緩やかに眠気がやって来る。
 ロボットは眠る。ソレは気絶や電源断とはちがう、確かに睡眠という行為だった。電子脳が外部入力情報を遮り、思考処理すら止める瞬間がある。それは、必要不可欠な行動であり、予想外の挙動であり、理屈のわからない結果だった。
 何故そんな事が自動的に起こるのか、その部分に関して答えを持つような学者は居ない。
 ただ、電子脳は己の判断で外部入力を止め、思考を最低限度まで落とす。ソレはまるで休憩をしているような、そんな感じだった。不思議であるといえば不思議ではあるが、大体において神経回路の塊である電子脳が精神を持ちえてること事態不思議である。
 理屈はわからないが、まぁ特に害は無いだろうと、そんななぁなぁな感じで研究は既にほぼ終了していた。
 外付けで、電子脳を休止状態を無理やりやらせないように処理を施した電子脳は、ほぼなんの問題もなく動いたが、寿命の半分でその機能を停止した。
 ロボットは眠る。人間と共に居るために、己の短い寿命を必死で延ばすために。

 窓に頭をつけて、居眠りをしていたルチルは突然の衝撃に目を覚ます。
 一体なにかと驚いて目を覚ませば、後ろを電車が通り過ぎた風圧で窓が揺れただけだった。
 しかし、驚きの余り体に変な信号が混線していた。力が入らず、変なところに力が入り、ルチルはパクパクと口を動かした。
 丁度ブレーキをかけ始め、社内が揺れ始める。慣性の法則に身をゆだね、それでもなお目がさめず、フラフラと頭を揺らしていた。
 扉が開く。体内時計を確認すると、丁度降りる駅のはずだ。アナウンスは聞き取れず、今ルチルが座っている場所からは、駅名が見えない。だけど、多分ここだろうとルチルはあたりをつけて電車を降りる。
 一瞬、駆け下りるルチルに反応して寝ぼけていた男が立ち上がった。
 が、駆け下りたのはルチルだけ。男はすぐに椅子に戻りまた、顔を伏せる。
 後ろで扉の閉まる音。空気の漏れる音を背中できいて、ルチルは一息。危うく乗り過ごすところだった。電車が背後で動き出す。規則的な車輪の音、電圧がかかったモーターの鈍い音。
 ふと、違和感が体中を襲った。
 ――あれ。
 次第に電車のたてる音は聞こえなくなっていく。どんどんと、駅が静かになる。
 そう、静かになっていく。駅だというのに。
 一瞬で目がさめた。それは最初に、駅を間違えたという後悔に似た感情で、次にそんなものではないという恐怖。
 それは、駅に誰も居ないという恐怖。
 余りにもおかしかった。電車の中は、結構な数の乗客が乗っていた。それに、ルチルが降りたはずの駅は、都会の中心といってもいい駅だ。
 人が降りない確率は、果てしなく〇に近い。
 ホームに人が無いことも、在り得ない。
 なのに、どれだけ見回してもそこには誰もおらず、静寂に埋め尽くされた。
 息を止め、身動きせずルチルは回りの音を聞く。かすかに離れていく電車の音が――
 聞こえない。
 驚きにルチルは振り返る。レールはホームのライトを受けて鈍く光っている。レールの向こう、向かいに下りのホームが見える。だが、そのくだりのホームにも人は一人も折らず、全くの無音。
 ホーム自体も小奇麗で、殆ど出来立てといった感じで汚れていない。少し、タイルの溝に埃がたまってる程度で、そこに人が利用した痕跡を探すのは難しかった。
「え……」
 まるで、世界に置いていかれたようなそんな感覚。
 自分が動く音以外を探しても、ライトが立てる電圧安定化装置の低い唸りぐらいだった。
 余りに静かで、空間が把握できなくなる。不安にかられ、ルチルは足音をわざと立てて一歩前に。
 タイル張りの床が、まるで何かが破裂するような小気味のいい音を立てた。
 一瞬にして広がる音の波を、ルチルは両耳で受ける。広さを把握しとするが、結局普通のホームだという答えしか得られない。
 でも漂ってる空気は、なんだか廃墟の埃っぽさと新築のあの塗料や資材の匂いが混ざっている。
 なんだかあやふやで、どうしても居る場所が不安になって、ルチルはあたりを見回す。
 駅名がわかればどこか判るだろう。そしてすぐにでも改札を抜けて……
 目の前に、駅名のかかれているはずの見慣れた表示板があった。
 見える角度に移動して、ルチルは首を傾げる。
「……そんな」
 統一された基本デザインの飾りと、前の駅と次の駅の表示がある。
 あるが、それだけだった。
 この駅の名前は表示されていなかった。
「だって」
 在り得ない。信じないとばかりに、ルチル路線図を見つけ走りよる。見慣れた路線図に、当駅表示を見つけ、駅の名前が無いところに、赤い丸が穿たれているのを見つけた。
「ここはいったい……」
 無音だけが、彼女の問いに答える。

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