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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 風が流れていなかった。
 空気は停止し、沈み、腐っている。足を一歩踏み込むと、真新しい塗料の刺激臭がかすかに巻き上がり、埃にかすんだ床が本来の色を取り戻す。
 足音と、自分の息遣い。自分が立てている音だけがあたりに響いて、すぐに霞んで消えて行く。
「どこだろ……」
 答えはなくて、静寂だけがやってくる。やたら静かなことに
 風も流れず、雑音も聞こえず、それはまるで世界から取り残されたような恐怖。どうしていいのかわからない、どうしたって自分がわからない。
 駅名のない駅の表示板。駅名が書かれているところには何も文字はいっていない。まるで作りかけのような――

「あ……」
 思いついて、ルチルは思わず息を止める。
 そうだ、ここはまだ作りかけの駅なのだ。だから誰もいないのだとルチルは、納得する。それならわかる。
 そして、床にうっすらと積っている埃がすべてを否定してることなんて頭の隅においやった。
 兎にも角にも、駅を出ようと、ルチルは線路から背を向けて歩き出した。
 やけに冷たく、響く足音がなんだか頼りなくてなきそうになる。
 思わず、回線を開いて電話をしようとした。秋末なら、休日は暇をもてあましているだろう。思いついたときはなんだか名案な気がした。
 だが、電話はつながらない。アンテナが近く似ないのだと、無線の弱さを改めて思い知らされる。確かに地下にもぐっているが、都会なのに電波が届かないなんてあるだろうか。
 自分のアンテナの出力が弱いせいだと勝手に納得し、ルチルはあきらめて歩き出した。
 駅の構造は至って普通の構造で、ホームから上に上に上る階段があった。エスカレーターはやはり動いてはおらず、この駅ができたばかりか、できて破棄されたかはわからないが使われてないことを無言で表現している。
 エスカレーターの横に、小さいエレベーターがあったので、ルチルはボタンを押してみる。だが、パネルにLEDがついた気配はなくボタンの掠れた音が聞こえるだけだった。
 エスカレーターもエレベーターも使えないとなると徒歩しかない、あきらめてルチルは階段を上りだす。薄暗い照明が、ことさら不安を煽るが必死でそんな思考を追いやった。
 ルチルは階段を上りながら、何度も電車の中の出来事を思い出そうとする。
 電車の揺れに体を預けて、うとうととしていた間。ほぼ外部情報を遮断していた電子脳は周りのことを覚えていない。 
 断片的に記憶されたものを必死で思い浮かべながら、ルチルはゆっくりと階段を上り続けている。
「えーっと」
 思わず独り言をつぶやきながら、思い出しても結局あやふやな記憶だけしか思い出せなかった。 電車の揺れと、覚醒と睡眠の間のあやふやな感覚。ともすれば座ってるかどうかも怪しい記憶と、かすかに入ってくる電車の中の喧騒。
 一つ前の駅の到着を知らせるアナウンスを思い出した。体中の記憶を引っ張り出して最寄り駅からかかった時間を算出してみる。
「……」
 やはり予定通りの時間で電車は前の駅に到達していた。
 そこから目が覚めて、電車を飛び出すまでの時間を確認する。
 やはりいつもと変わらない、目的の駅までかかる時間だった。
 同じことを繰り返し何度も確認したところで、結果が変わるわけではないとルチルは足を進める。
 何度踊り場を通過しただろうか。
 一向に改札は見えてこなかった。さすがにおかしいと、ルチルは足を止め振り返る。
「そんな……」
 すぐ後ろには、ホームが見えていた。
 


 いろいろと、歩き回っても結果は一緒だった。
 どうしても階段は上りきることができなかったし、エレベーターやエスカレーターに火を入れることはかなわなかった。
 ためしに動かないエスカレーターを上っても答えは同じ。
 挙句の果てに、ルチルは向かい側のホームに向かうために、線路に降りた。
 結局、向かい側のホームでも同じだったのだけれど。
 線路に下りて隣の駅に戻ろうとしても、なぜだか同じ駅に帰ってくる。階段が上れない以上、予想通りといえばそうだった。
 ルチルは、今ホームにあるベンチに腰掛けていた。
 疲れ果てた、という表現はあまり好ましくない。疲労というよりは、節約といった意味合いのほうが多いから。
 ベンチに座り、じっとホームを眺めているルチルの姿は筋細動が無いためそれこそ周りに溶け込んでいた。
 たまに思い出したかのように肩が上下するのは、呼吸をしている証拠であり、それ以外に彼女に動きは無かった。
 彼女の目は天井から吊り下げられている時計に向いていた。ただじっと、その時計を見ている。特にやることが無いのだ。唯一この場所にあって、ルチル以外に動くものといったら、その時計だけ。まるですがるようにルチルは時計を見上げていた。
 やることが無いが、どれだけ待っても電車が来ることもなかった。
 時間が同じ場所でぐるぐると回っているような感覚。だけど実際目の前の時計はしっかりと時間を刻んでいる。ルチルの体内時計のカウントも戻ることは無い。
 実際時間が回ってたらそんなこと気がつけるわけもないのだけど。
 何も起こらない。ここに来てからどれぐらいが経っただろうか、ルチルは内臓電池の容量と体内時計を確認する。
 答えはすぐにやってくる、二二六八〇分。六時間強。おどろきに、思わずルチルは立ち上がった。内臓電池は節約すれば三ヶ月ぐらい持つ。セーフモードに入れば二年だって余裕だ。だけど、そんなことしても何になるというのか。大体埃っぽすぎて、電池よりも先にフィルタがいかれる。酸素も水分も手に入らなくなる。そうしたら電池は使い切ることなく動かなくなる。
 誰もきてくれないまま朽ち果てることには少々抵抗を覚えた。死ぬことよりも、誰もいないことが寂しかった。
 ルチルは立ち上がる。何とかしないといけない。
 けれどどうしたらいいのか。
 階段もエレベーターもだめ、そうなればほかに行っていない扉でも開けるほかは残っていなかった。
 軽くこぶしを握り、ルチルはうなずく。
 やはりホームに音は無く、風も無く、ルチルだけしかいない。だけど、もうルチルは気にしない。人のそばにいるためのロボットが、なぜ人がいないところにいるのだ。と己を鼓舞し、そして歩く。
 ホームには三つの扉。防火扉とかかれた扉と、関係者以外立ち入り禁止の扉、それと無印の扉。
 背後で、時計の針が硬い音を立てた。

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コメント

パワフルですね。
ときどき見にきまっす。
僕のサイトにもよかったらきてください。

  • uso
  • 2005/11/29 22:53
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