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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 暗い部屋は、なんだか少しだけ湿っているような雰囲気だった。
 冷たい空気が心地よく、ルチルは電気もつけていない部屋で深く息を吸い込んだ。電子脳の半分を眠らせているので、なんだか頭がうまく回っていない。もとから呆けた顔のようなつくりなので、さらに輪をかけて呆けた顔をしてルチルは椅子に座っている。
 昼に電車で居眠りしてしまったので、眠くない。かといってする事もなく、彼女は電気もつけていない部屋でじっと座っていた。
 夜の街は静かだが、部屋の静けさよりはうるさかった。
 かすかだが、音の浸透圧は確実にある。ゆっくりとだが確実に音は外からしみこんできていた。

 特にそのことを注目するわけでもなく、ルチルはその音を頭半分で聞いている。半分は寝ているの当然といえば当然だ。
「……」
 声にならない吐息をはいて、ルチルは椅子に座ったまま首を回した。
 明日学校へもって行くためにそろえておいたインスタント品が袋に入ってきれいに並んでいるのが目に入る。
 ――ちょっとぐらいなら、飲んでもいいよね。
 寝ぼけ眼のまま、ゆっくりとルチルは立ち上がり袋へと近づいていった。音が聞こえる。それは町を覆う夜の音。壁と窓にさえぎられ、ずいぶんと薄くなって入るけれどそれでもその音は確かに暗闇を引き連れた静かな夜の音だった。
 ルチルは袋にたどり着くと、中身をあさりだす。ごそごそとやかましい音が響き、つづいてぽこぽこと袋から袋が飛び出した。ルチルは大きな袋に頭を突っ込むような形で覗き込んでいるので、まるで動物のようにすら見える。
 しばらくそうやってるうちに、落ち着いたのかルチルは袋から顔を上げた。
「……ぅえ?」
 目の前に、人が立っていたのだ。
 驚きよりも、なんだか不思議な感じがしたのは、頭が半分ねているからだろうか。首をかしげ、ピンクの服をきた女性を見上げる。
 向こうも不思議そうな顔をしてルチルを見下ろしていた。
 ――どこかで見たような……。
 と、見下ろしていた女性が薄く笑って口を開く。けれど声は聞こえなかった。口の開き方から、言葉を読み取ろうとしても寝ぼけたルチルには無理な話。気が付くと、
「あれ」
 まるでスイッチが切れるように、女性はいなかっていた。
 ――あの服には見覚えが……。
 でも思い出せなくて、ルチルは首をひねる。
 床に、無造作に投げられたインスタント品が転がっているのをみて、自分が何をしていたのかを思い出すと、はいずりながら袋を取り上げた。
 インスタントコーヒー、水出し緑茶、水出しウーロン茶、インスタントレモンティーに、ココア。いくつもの袋のなかから、ルチルは緑茶のパックを開ける。
 開けた瞬間から、緑茶のいい匂いがはじけるように咲いた。寝ぼけた頭がさえる事はないが、少しだけすっきりした気分になる。人間のねぼけている状態とは根本がちがうので、ちょっとしたことでは頭がさえる事は無い。
 中から、緑茶の葉が入ってるティーパックを一つ出すと、いそいそと袋を戻し始めた。
 口にティーパックを咥え、四つんばいというなんともこっけいな姿だが、誰かに見られることもないだろうと無視する。
 ふと、先ほどの事なんてもうルチルは頭からおっぱらっていた。
「んー」
 袋を片付け終わり、ルチルは立ち上がる。
 台所にいって、水を……と歩き出した瞬間だった。
「んぁ」
 台所に誰かが立っていた。先ほどと同じ、ピンク色の服を着た人だ。
「おお……」
 寝ぼけて、言葉がうまく出せない。今度は見逃さないように、とルチルは解析を後回しにして記録に専念する。
 目を瞬かすが、なぜかピンとが合わない。
「あれ?」
 そうこうするうちに、台所に立っていた人が振り返った。なんだかピントがずれている。だけど、こちらを見てるのは確かで、ルチルは首をかしげる。
 向こうもゆっくりと首をかしげ、そして口を開こうとして、
「ありゃ」
 消えた。
 すぐさまルチルは、記録の確認をする。とりあえず、ちゃんと記録できている事を確認して、ルチルは安心した。
 ――お化けだったら、記録には残らないし。
 もちろんもっと正確にいえば、ルチルの目に映ることもまれだろう。寝ぼけてるのか感情がうまく働かないのか、兎にも角にもルチルは緑茶を入れるために歩き出す。
「なんだったんだろ」
 答えはない。夜の静かな音が、ゆっくりと部屋を漂っていた。
 
◇ 
 
 朝日は、いつもながらに精神的に悪いとルチルは思う。
 なんだか胸を突き刺すような痛みを、伴うのだ。
 まぁ、なんにせよただの寝起きが悪いという一言に落ち着いてしまうのだけれど。
 電子脳の起動は遅く、体がうまく動かない。毎朝なので、なれた物だがけだるいことには代わりが無かった。
 目をこすり、それでも学校へ行かなければと体を動かす。関節各部に圧力をかけようとするが、なぜかうまくいかない。まるで圧力が別のところに逃げていくような感覚。実際は、シリンダ内部の潤滑油が固まってるだけで、しかるべき温度としかるべき運動を与えてやればすぐにでも復活する。動かしていないと固まるという、とんでもない仕様の潤滑油ではあったが、耐年性には定評があり、しかも状態がよければほぼ摩擦係数は0にちかいとうとんでもない代物だ。まぁ、つまるところおかげで、朝は体が重たいのだけれど。
 ルチルは伸びをするように体を動かしていく。
 はいずるようにベットを出て、着替えをとルチルは顔を上げた。
 ――ありゃ。
 また人がいた。少しだけピントがあったきがして、ルチルは目をこする。
 今度はピンクの服は着ていなかったが、変わりに茶色を基調とした地味な服を着ていた。それでも同じ人だとわかったのは、きっと髪型と物腰のおかげだろう。
「あの……」
 しかし、声は届いていないのか人はじっと別の方向をみていた。何を見ているのだろうと、ルチルもそちらに顔を向ける。
 けれどそこには何もなかった。首をかしげ、もう一度人を見る。だが、やはりもう人はいない。
「なんだろ」
 答えは、いつものようにどこにもなかった。

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初ぱぴこおおおおおおおお

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