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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 へぇ、それ幽霊じゃないの。
 昼休み、いつものように秋末は自分の弁当を持ち込み保健室でくつろいでいた。ためしに話してみた朝方の不思議な出来事を、立った一言幽霊と切り捨てて。
「幽霊なんて、いるの?」
 人間の精神が生み出す虚像というイメージが強いぶん、たとえ幽霊が存在したところで自分には見えない、ルチルはそう信じていた。
「いない証拠はない、ぐらいかなぁ」
 なんて、よく聞くこれ以上の質問は受け付けないといった意味合いを含めた定型句で閉められた。仕方なくルチルはその質問を打ち切り、お茶を口に運ぶ。
 不思議と怖いという感じはしない、それよりももっと親しみや、親近感のような物を感じたぐらいだ。

「ルチル先生、お茶ちょーだい」
 秋末が、コップを差し出しているのをみてルチルはため息を一つ。
「相談してるのにぃ」
 いったところで聞くよしもなく、秋末はコップを突き出したまま笑った。
 肩を落としながら、それでもしぶしぶルチルはコップを受け取った。私物で持ち込んだ電気ポットからお湯を汲み、ぞんざいに秋末に手渡す。
 特に気にしない秋末は、そのままお茶を飲もうとして、
「あちっ!」
 舌を火傷した。
 それでもコップを落とさなかったのは僥倖だった。お茶の熱さに舌を出しながらも、彼女は何とかそのコップを机に置くことに成功した。
「あちち……ルチル、熱いなら熱いっていってよ。もぉ、危うく溢すところだったじゃない」
「言ったわよ。秋末センセが聞いていなかっただけでしょ」
 嘘を付いてみる、ロボットの中でも唯一看護関係のロボット達だけが使える数少ない特例の一つ。心の中で舌を出しながら、ルチルは自分の机に戻った。
「あら、そうだっけ? うーん」
 秋末はというと、しっかりとだまされ首をひねっている。もう少し正確に言えば、聞いていないという事実が本当だから反論が見つからない、であるのだけれど。
 そんな秋末を置いておいて、ルチルは校庭に視線を投げた。
 昼休みの校庭は、にぎやかで日の光はそんなにも強くないはずなのになんだか明るい気がする。それが雰囲気からなのか、実際に明るいのか、ルチルはじっと校庭をみて確認しようとしていた。
 光が滲むような錯覚に、ルチルは目を細める。
 と、人が目の前を横切った。茶色を基調とした地味目の服に、白衣を羽織っている。朝みたその姿とほぼ一緒の人影に、ルチルは目を見張った。
「あ……」
 ルチルのつぶやきに、ブツブツとつぶやいていた秋末が顔を上げる。
 どうしたの、と口を開こうとして秋末も動きを止めた。
「え」
 相変わらず焦点が合わないおぼろげな姿だったが、朝よりも幾分しっかりしている。ただ、やはり意識してみようとしてもぼやけたままだった。
「ほら、あの人です! 秋末先生!」
 思わずルチルは指をさして叫んだ。振り返って秋末を確認すると、秋末は目を点にして窓とルチルを見比べていた。
「え……なんで」
 証拠を見せる事のできたルチルは、溜飲を下げることが出来たのか胸を張る。
「みました? いたでしょ? ほらほら」
 そういって窓を見たときには、やはりもういなかった。
「なんで……」
「秋末先生?」
 よほど驚いたのか、秋末は呆けたままルチルをみていた。
「なんで」
「?」
「なんで、ルチルが二人?」



 落ち着きを取り戻した秋末が言うには、その姿はルチルそのものだったという。
 いわれて自分の服装を確認したルチルは驚きの言葉を漏らす。自分も、茶色を基調とした服を着ていたのだ。
「でも、どちかってと幽霊ってイメージ。幽霊がルチルと同じ姿をしていた、ってかんじかな」
 あまり自分の姿を自分でみないルチルには、あまりピンとこない話ではあったがそんな物なのだろうかと、うなずく。
「でも幽霊って、怖い物じゃないの?」
 少なくても自分は、恐怖よりも先に親近感に似た感覚を受けた。やはり幽霊なんかとは、もう少し違った何かではないか、ルチルは首をかしげる。
「ドッペルゲンガーかも。ほら、あったじゃないあの……麻ちゃんの件」
「あ、あぁ。なるほど」
 それなら納得がいくといったぐあいに、ルチルはうなずいた。
 もしも同じなら、触れれば消えてしまうのだろうか。それとも、都市伝説などに在るように死を告げる影なのだろうか。消えたとおもったもう一人の麻は、何度もルチルの前に現れているが、そうしたらあのもう一人のルチルはどうなのだろうか。
 疑問は、わいてそして消えていく。
「あ、そうだ今日は午後の授業の前に臨時で職員会議あるんだった。でるでしょ?」
 秋末の言葉に、ルチルはわれに返り反射的にうなずいた。
「う、うん。もう時間?」
「そそ、いきましょ」
 そういって秋末はさっさと自分の弁当を片付け始める。ルチルも、持っていたお茶を飲み干し、立ち上がった。
 保健室を出る秋末の背中を追って、ルチルは小走りになる。
 扉の向こう、廊下へと秋末が姿を消していく。ルチルは手を伸ばし、しまりかけた扉に手をかけた。
「え」
 瞬間、まるで世界中が合わせ鏡になったような感覚。
 自分が目の前にも後ろにも、伸びていく。無限に、過去を未来が重なるように。
 ずるりと、そう何かがずれるような感覚が体中を襲った。
「!」
 後ろを振り向けば、扉に手をかけようとしたルチルが見える。前を振り向けば、廊下へと歩き出すルチルが見える。
 感覚は多重に重なり、見えている世界はまるで合わせ鏡の中央のように。
 目を回すような感覚に似ている、情報が入り乱れなんだか――
「ルチル?」
「っ――!」
 驚いた瞬間、まるで現実が帰ってきたかのように見えていた物はすべて消えて、元に戻っていた。

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