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連載小説「保健室のロボット先生」

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 首をひねったところで、答えが絞り出せるわけもなくルチルは秋末の背中を追って歩いていた。
 昼休みを半分過ぎた校舎は、その日で一番にぎやかな時間。階段を駆け下りてくる騒ぎ声が、廊下に反響して届いてくる。
 自分の足音も、そんな雑音に紛れ聞こえなくなっていく。さっきの事も、なんだかあやふやになる。足音に思考がかき消されていく感覚、それはなんとも頼りないものだった。
 職員室の扉が開く音に、ルチルは顔を上げた。
 秋末が職員室に消える一瞬が見える。保健室を出たときの、あの感覚が体中にこびりついていて、関節の節々に恐怖によるざらつきが感じられた。
 動きづらいという結果となって現れる感情を無理やり無視してルチルも職員室の扉をくぐった。

 同じ事が起きるかと身構えたが、そんな事は無く既に教師達は集まっていて一斉に視線が集中する。
「今日は会議室を使わないので、先生方が全員集まるまで待ちましょう……えーと、後は」
 教頭が周りを見回しながら空席を確認する。
「二人ぐらいですしょうか」
 ルチルもつられて見回すと、一年生担当教師の教師の席が二つほど空いていた。
 何が在るのかと周りを見回しても、答えになりそうな物は一つもなかった。新しくきた教師の紹介だろうか、誰か生徒が捕まったのか、少なくても面白い話が在るわけでは無いだろうことに、ルチルは心の中でため息を一つ。
 面倒この上ない職員会議がもうすぐ始まる。
 


「まったく、何でこんなことを……めんどくさい」
 背後で秋末の愚痴を聞きながら、ルチルは手に箒をもって歩いている。
 なんでも「最近校舎周りが汚いと、苦情がでていまして。次の校外奉仕授業を校舎周りの掃除に当てようと思います。そこで、先生方には先に生徒が怪我をしないよう軽くでよろしいので、校舎周り、および校庭と学校周りの清掃をしていただきたいと思います」
 とんでもない理論に、教師陣の開いた口がふさがる事はなかった。反論は出ない、出るわけもない、出るのはため息ばかりである。相変わらずと言えば相変わらず、生徒が減り生徒のための学校から、生徒の親のための学校へと変わったのは大昔。加速はとまらず、被害を蒙るのは教師陣ばかりだった。校外奉仕授業なんていったっても、出歩いて数分程度、いけて近くを流れている川ぐらいなものだ。
 大体掃除をするなら、教師が先に掃除をする必要性なんか一つも無く、対面上危険な物をという意味ではあるが、実のところは生徒が苦労しないようにごみを「全て」きれいにしておけという意味合いの言葉である。
 その後生徒たちは、落ち葉と風に流れてきた紙くずだけを拾うことになるわけだ。中学生が吸わないはずのタバコも、学校では飲めない酒の空き缶も、中学生が買えないはずの雑誌も、中学生が必要としないはずのコンドームも、実生活でどう考えても不必要な注射器や、必要としてる人間が社会生活をしてるはずの無い強い薬の包み紙、血痕、折れた歯、ナイフ。上履きに、破られた教科書、文房具、切り刻まれた体操着に、制服に私服、空になった財布。いくらでも生徒に見せられない、かくしたい物が転がっている。
 それを掃除すると言うことは、結局のところ授業で掃除する場所は全部きれいにすると言う意味しか持たない。
 見慣れた教師にとってみれば、特に驚くような事でも無いし持ち主を探して問い詰めるようなことでもない。大体現場を押さえたって見ないふりをしたほうが利口だというのに、わざわざゴミになったもの程度で探そうなんていうことは無駄の極地である。
 だが、試験に合格し、国家公務員となった新人の教師は大体その事実に顔を真っ青にする。つまるところ、学校にいたころそうやって教師に守られ続けていた生徒の成れの果て。真っ青にしない新人は、そういう物を散らかしてきた部類の人間、といったところだろうか。
「文句いわないで、早く終わらせましょう。大体、私は保健室にいなきゃいけないのに……」
「まーまー」
 無理に連れ出されたルチルは、後ろでサボる気満々の同期に愚痴をはく。どうせ今日も保健室は暇に沈んでいる。仕方ないと、ルチルは眉をよせて苦笑い。手に持った箒を履いて校舎の周りを歩き始めた。
「それにしてもさっきのなんだったんだろうね、ルチルにそっくりだったけど……」
「よく見えなかったし、私あまり鏡とみないから自分かどうかもわからない」
 体の状態なんて、基本的にモニタ出来る物だからあまり鏡を見る習慣はルチルにはなかった。中には鏡で自分を見るのが好きなロボットなんてのも結構な数に登るらしい話をきくが、ルチルは例に漏れている。
 校舎周りの掃除は、そこまで過酷ではない。それはゴミの量が少ないと言う意味ではなくて、ゴミが既に生徒達や風にのって人ところに集まっているからと言う意味だ。
 実際風に流されないような大きなゴミは、簡単に見える場所に在るわけもないのだけれど。
 校舎裏からでて、二人はぐるりと校舎にそって校庭に面した場所へ出てきた。校庭の近くはさほど汚れておらず、授業をサボって逃げ出している生徒に出くわすことも無い。
「あーもー、だるい」
「運動部の顧問が体動かすことを億劫に感じるようじゃ、年ね」
「なっ! 簡単な方ゆずってやってんじゃないの! こっちは中腰で塵取りとゴミ袋なんだから。ルチルは大体箒握ってるだけだから――」 
「じゃぁ、保健室もどっていい?」
「……ごめんなさい」
「よろしい」
 秋末は、ルチルにロボットなのだから、と言うような言葉をはかない。それが、秋末のやさしさなのかと言えばそうではなくて、特にそんな人間やロボットということに差を感じていないのだろう。おかげでルチルは彼女と付き合いやすい。
 校舎をまわっていて、体育館の目の前を通り過ぎた。向かいの校舎は、保健室が在るあたりだろうか、ルチルは何の気なしに顔を向ける。
 ――誰もいないよね。
 急病で倒れこんだ生徒がいないか、怪我で駆け込んだせいとがいないか、気になってルチルは電気の消えた保健室の中を見る。
 誰もいない。その事に安心してルチルはまた箒を動かしはじめる。
「まったく……あの教頭が……だいたい……」
 背中から聞こえてくる秋末の呪詛を無視してルチルは歩く。と、少し周りが明るくなった気がする。足元がよく見えるので、ルチルはとりあえず便利だと箒で履く。
「あれ……」
 背中で秋末の声。
 箒を履くと、枯葉が乾いた音を立てて校舎の壁際へと集まっていく。それが、なんだか楽しい。
「え……、ちょっとルチル」
 呼ばれて、足を止めて振り返る。秋末は、保健室を指差して固まっていた。
「ん? 誰かきた?」
 しかし保健室は先ほどと同じように、誰も折らず電気も付いていなかった。
「いま、あんたが座ってた……」
 首をかしげて、保健室を見るが見えるのはガラスにほんの少しだけ移った自分の不思議そうな顔ぐらいだった。

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