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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 違和感はずっとかんじていた。だけれども、特にそれに付いてなにかアクションを起こす必要性と言う物をルチルはかんじていなかった。
 もっと、楽観的なそういうことも在るのだなと言うイメージ。
 だけどそれよりも前に、答えがもう少しで出そうな、そんな気もしていた。もうちょっとで解けそうなパズルを目の前に、眠いのだけれどどうしようかと進退に迷って居るような、そんなつっかえの取れない気分。
 それは、演算中の気分にとてもよく似ていた。

 電子脳が巨大な式の解を求めるためにあえいでいるあの時の感覚だ。じっと、数字を移動させ増やし減らし、除いて積む。何度も繰り返し、フラグをあげては下げる。メモリにスタックして、並べ替えてまた戻す。水が流れ落ちたり、砂時計を眺めたりしているように、流れしか認識できない速度で動く。だから、じっと終わるのを待ってる。終わりは見えてるのに、なかなか終わらないそのもどかしさだけをもって、眺めている。
 答えを待ち焦がれて静かに、でも待ちきれない子供のようにどこかせわしなく。
 部屋を見回しても、アレが見える事もなくただ明かりだけついたつめたい部屋が見える。
 あと少しなんだけどなぁ。そんな思いが頭を掠めるが、言葉にはならずため息になって口から漏れた。
 台所で電気ポットがパチンという音をたて、沸騰から保温へ移り変わった事を控えめに知らせる。同時に、ノイズとして聞こえていた湯気と沸騰音がするっと部屋の隅に滑って聞こえなくなってしまった。
 不意に訪れた静寂に、なんだか取り残されたような寂しさだけが残る。
 ルチルは、頭をかきながら服を脱ぎだす。大体、ロボットなので垢は出ないのだから、服を着替える必要とかは、実のところ少ない。でもそこは、なんとなく気分なのだ。
 服を脱ぎ捨てて、パジャマに着替える。洗い立ての服から、太陽の臭いがしてルチルは一度だけ息を大きくすった。
「……つかれた」
 いろいろあった、メモリの中は大量の記憶に埋まり、ルチルの電子脳ではそろそろパンクしそうなぐらいだ。彼女は、インスタントコーヒーの元をコップに入れると電気ポットからお湯を注いだ。電気ポットから出るお湯は、勢いだけは在るくせに統制が取れてない。口とそこに通じる管の構造が悪いのはわかっているのだけれど、それを直そうとしてもこの形を失ってしまうので、結局のところ水は、けたたましい音をたてコップの中を跳ね回り、最終的にはルチルの手にしぶきを散らす。
「あつつ」
 相変わらずなれないが、かといって最近うりだすようになったきれいに出湯するポットはなぜだか好きになれなかった。
 形が悪いのだ。
 このずんぐりむっくりな形がよいのであって、無理に形を変えてまでポット使おうとは思わない。大体、暖めるだけならレンジもあるし、コンロもある。欲しいときにいつでも作れるのに、保温してわざわざとっておく必要はないのだ。
 しかし、ルチルの家には昔っからのポットがおいてあるし保健室にもルチルの私物であるポットが活躍している。
 彼女がインスタントの飲み物が好きなのか、ポットがすきなのか、たぶん誰にもわからない。
 水の勢いで、少々まざったコーヒーは、透明と茶色を練りこんで、インスタントの粉っぽい臭いを立てている。
 ルチルは、スプーンでそれを混ぜるとやっと一息ついたというように、眉尻を下げた。

 ◇

 既にまとめていた髪の毛はほどき、ゆったり目のパジャマに着替えルチルは居間においてあるリクライニングチェアに座っていた。
 昨日もこうしていたっけ、とルチルはふと思い出す。電子脳の半分を寝かし、そのまま夜を眺めていた。
 今日はちゃんと寝ようか、そんな事を考えながらコップに口を付ける。
 苦味よりも、粉というかそんな感じのコーヒーが口の中に流れ込んでくる。ロボットは、食事なんて基本的に必要としない。コーヒーは、すぐにろ過され水とそれ以外になる。それ以外から、炭素燃料などを作ることも可能だが、ルチルぐらいの古い機種にはそれは結構な負担になる。普通にコンセントが在るのだから、そこから充電すればイイ。後は水と空気が在ればいくらでも生きて行ける。
 コップが空になったのを確認して、ルチルは床にコップを置く。
 フローリングの床に、乾いた音。ふと、ライトを移したコップの色が目に留まった。
 その色は、パジャマをかすかに写してピンクに染まっていた。
「……」
 なにか、引っかかる感覚。それにルチルは動きを止める。記憶を思い出すように、視線をさまよわせた。
 結局思い当るような記憶にはいたらず、首をかしげ彼女は立ち上がる。ふと、時計をみたら、家に帰ってから結構な時間が立っていた。結構な間、椅子に座ってボーっとしていたらしいが、あまりその感覚が無い。
 首をかしげながらも、ルチルは台所に立つとコップを洗い出した。
 底の方にこびりついてるインスタントコーヒーの粉が、水に当って溶け出していく。あわせて水の臭いと一緒にインスタントの臭いも届いた。
 なにか違和感が在るのだけれど、どうしてもなにかがわからない。もどかしい感じに、ルチルはため息を付く。なんだか最近ため息ばかり付いている。
「んー」
 水を切り、コップを水きり台の上に。
 違和感に、ルチルは振り返った。
 
 ――いた。
 
 今度は、緑色の服だった。しかもすぐ近く。
 すぐ近くだから見えるかと、目を凝らそうとした瞬間には消えてしまった。
 ほとんど一瞬だった。なんだかだんだん短くなってる気がする。
「……あれ?」
 緑色のパジャマ?
 違和感が加速する。そういえば昨日は、緑色のパジャマを着ていた。昨日みたときは……。
 ――ピンクだった。
 自分を見下ろして、ピンクのパジャマを視界に入れる。
 昨日、今日の自分を、見たのだろうか。
 じゃぁ、今日見たのは昨日の。
「えっと……」
 昨日の夜、のぼけながら見たのはピンク色の服を着ていて、二回目見たときは、台所で……。三回目は朝起きて、そのときは茶色の服で……。
 ――じゃぁ。
 もうすぐ後一回最後に昔の自分に会えると言うことだろうか。

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