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連載小説「保健室のロボット先生」

 LOG

 その日は、久しぶりに目的があった。ルチルは、いそいそと家を出ると夜明け前の町に繰り出す。
 昨日と同じく、夜明け前の夜は張り詰めたと言うより刃物のような冷たさと静けさがあった。朝日の欠片に照らされて、薄青にそまった夜空にまだ星が見えている。
 夜明けは毎日同じ様にやってきているのだ、もしかしたら、
 ――また歌に会えるかも。
 期待や希望で偶然は起こらないが、かといって家にいてもあの歌に出会えるわけが無い。

 ルチルは昨日歌が途切れた場所へと、小走りに向かっていた。
 せっかく早く寝て、この時間に起きれるように調整したのだ。出来れば時間は無駄にしたくない。ルチルは、夜明け前の町を走る。足音は立てないように、歌を聞き逃さないように。
 
 ルチルは、無音を聞く。
 耳に風切の雑音が届かないように気を使いながら。
 夜明け前の夜を走りぬけ、静寂に沈む夜の町をまっすぐに。
 そして昨日と同じ場所へたどり着く。だけど、歌は聞こえなかった。でも、特にそれが残念だとは思わない。出会えないほうが普通だろう。昨日のあれは、風とかの加減で偶然どっかから流れ聞こえただけの事だ。別になんの不思議な事も無いただの雑音。
 でも、あの歌がもう一度聴ければ、とルチルはその場に立ち止まる。
 立ち止まると、静寂に沈んでいたいろんな音が聞こえてくる。風に揺れる木、屋根の上を走る猫の足音、太陽が出始めて上がった温度に軋む屋根の音、水の流れる音に、自分の音。
 だけど歌だけは聞こえてこなかった。
 じっとルチルはその場に止まり耳を済ませている。
 ――むりかな。
 歩いてきた方向を振り返って、昨日の歌を思い出す。どちらから追いかけるように歩いていたのか、どっちへ向かおうとしていたのか。
 指で確認しながら、ルチルは来た方向と、聞こえていた方向を比べる。
 その直線に沿って歩けば、歌に会えるかもしれないとそう思って。
 気が付いたときには、ルチルはふらふらと歩き始めていた。
 夜空はいまだ夜色で、風はほとんど騒がず、時間すらゆっくりと動いている。ルチルは、そんな町並みをゆっくりと歩く。
 どこかとおくで、目覚ましがなった。そんな音まで聞こえてしまうほど、町は静かだった。
 次第に町は温度を増していく。朝日の高さにあわせて、ゆっくりと体を起こすように。張り詰めていた空気は、その体を弛緩させ次第に緩やかに風を流し始める。
 さっきまで隙間を流れるだけだった風は、空全体を使って流れ始めるのだ。空気に流れができれば、そのまま温度へと、川から上る湯気をつれて、それでもなお感想した風は町に朝を運び始める。
 朝が来る。
 今日は出会えないかと、ルチルは諦めて足を止めた。ずいぶんと遠くまで歩いていることに気が付いて苦笑を一つ。明け方徘徊しているロボットだなんて、見つかったら工場に連れて行かれそうだ。
 踵を返し、ルチルは家に向かって歩き出した。
「――」
 歌が聞こえた。
 どこから聞こえるか、それがわからない。静かな町の地面を這うように、反射し削り取られ、それでもなお歌うことをやめない歌が聞こえる。
 昨日よりはっきりと。でも、一歩進むと一瞬にして遠のいた。驚いてルチルは背を向けた。何も無い路地が続いている。左右には民家、正面は霞がかかって見えないが、たしか大通り。
 普通の町並みが見える。歌の主は居ない。いくら静かでも、そんな簡単に見えない場所から声を届かせることは不可能だ。ルチルは不思議に思って一歩を踏み出す。
 声が一瞬大きくなる。
 方向があってると確信をえたルチルは、ゆっくりと歩き始めた。歩みにそって、確かに音は大きくなる、だけどその差はほとんど一定、そしてかすかな変化でしかなかった。
 この場所までは、よく届く音以外は既に剥がれ落ちている、だからなかなか代わり映えがしないのだろう。耳に集中しながら、ルチルは一歩一歩とゆっくり歩く。
「――、――――」
 歌だ。昨日よりはっきり聞こえる。女性の声のようだが、なんだかノイズも聞こえる、楽器だろうか。それより、やはりというかあまりにエフェクトがかかりすぎていた。
 反射して反射して、輪郭すらあやふやになった音のような、そんな儚い印象。
 昨日と同じ。でも昨日より近づいた。
 ルチルの足は次第に速くなる。
 と、十字路に出た瞬間だった。
「え?」
 音が左右から聞こえてきた。
 聴覚機構は間違い無く、左右どちらともから音を拾っている。それは同じ場所から来る音ではなくて右と左から別々に来る同じ音。
 どういうことだと右をみても、左を見ても、顔を向けた方向から音が来ている。
 取りあえずと、右に歩き始めると音が大きくなっていく。
 しかし、背後から聞こえたはっきりとした音も気になり、ルチルは振り返り歩き出す。
 すると、十字路を越えた時点から、音が大きくなり始めた。
「えぇ?」
 はて、音は離れれば減衰するのが世の常だと言うのに、どちらに言っても音が大きくなると言うのはどういうことだろうか。
 ルチルは、取りあえず向いている方向に歩き出した。音は次第に大きくなる、と言ってもやはり微かな違いでしかないが。
 ルチルは歩く。歌は次第に歌としての形を取り戻すようにはっきり。でもやはりぼんやりとしたなんだか焦点の合わないような印象がぬぐえない歌。
「――、……」
 そして、歌は途絶えた。
 ぷっつりと、前触れも無く。
 まるでテープの終わりがきたかのように、レコードの針が外されたように、前触れも無くぷっつりと音は途切れた。
 朝日が昇る。
 追いかけていた物を逃した悔しさか、ルチルはため息を吐く。
「うーん」
 コレだけ歩いても歌のでどころはわからない。視界の先、川が見えている。ゆっくりと朝日をあびながら、湯気をあげ揺らいでいた。
 
 朝日が昇る町をルチルは帰路に付いている。記録に取った歌は、ルチルの電子脳では処理したところで元の歌がわかるとは思えない。
「また、明日もいこっと」
 つぶやいた声は、風に乗って朝日に溶けていく。あの今にも消えそうで、それでも力強く必死なあの歌を、ちゃんと聴いてみたい。
 ルチルは玄関を開ける。ゆっくと部屋の暖かい空気が流れ出してきた。

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