スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

「朝に? 歌? 空耳じゃない?」
 秋末に、早朝きいた歌の話しをしたら笑われた。大体、ロボットなのだから空耳なんてあるわけがないじゃないか、とルチルはふてくされる。
「でも、ルチルは最近変なのばーっかみてるし」
 そういって笑うだけで、相手にもしてもらえない。仕方ないのでルチルはその話題をやめて、湯気を立てている湯のみに口を付ける。
 インスタントコーヒーの苦味と粉っぽい舌触りを感じながら、彼女は深く息を吐いた。

「確かに最近変なことばかりだけど」
「一度見てもらったんでしょ? なんとも無いなら、気にする事ないじゃない」
 自分の太ももをたたきながら秋末が言う。 
「気にしてないってば」
「あらそう?」
 なんだか含みのある笑みを返されて、ルチルはじとめで睨み返した。
 放課後の校庭には、部活に励む生徒達が散見できる。励んでない部員も見て取れる。彼らは、時間つぶしと慣習とかすかな義務感と、ちょっとした罪悪感によって集まっている。それでも外から見れば形だけは、それなりと言った風にみえるのだから不思議だった。
「――」
 歌を思い出す。
「――、――――」
 歌詞はわからないけど、リズムと音程は知っている。
「――、……」
 ふっつりと消えるところまで、しっかりと覚えている。高いところから流れ落ちる、いつ凍ってもおかしくない危うさの水。触れる物を切り刻むぐらい鋭利で、でもはかない。とんがった感覚。思い出しながら、なぞるように歌う。
 どんな歌だったろうか、こうだったろうか、もっと高いかもしれない、もっと伸ばすのかもしれない、掠れて聞き取れない場所をいろいろと想像しながらルチルは口ずさむ。
「――」
「ねぇ」
「――、ん? なに?」
「いま歌ってたのって、その朝に聞いていたって歌?」
「うん、そうだけど」
 振り返ると、首をかしげている秋末が目にはいった。何か考えるように視線を彷徨わせ、首をかしげ、また視線を彷徨わせる。
「どうしたの?」
「んー、ねぇ。もう一度うたってみて?」
「え……」
 面と向かって言われると、なんだか気恥ずかしく、ルチルは後ずさる。
「ほらほら」
 せかされて渋々ルチルは頷いた。
「――」
 どんなだっただろう。掠れた部分を想像するようにルチルは歌う。
「――、――――」
 誰が歌ってるのかも、何を歌っているのかもわからない。けれどあの朝の寒く冷たい空気の中を、負けずとおくまで届いてきた歌。
「――、……」
 何とか歌い終えると、秋末は考え込んでいた。
「んー、あーーー」
 思い出そうとして思い出せないのか、足踏みをしたり頭を抱えたりと、一人で暴れている。
「あーーーーーーーーーー!」
 ひときわ大きい叫び声を上げると、秋末は椅子から飛び上がった。
「そうだ! わかった、朝テレビできいた。えーっと、懐かしのなんちゃらって」
「じゃ、じゃぁテレビの音が聞こえてたの?」
「いや、そんな早朝にやってないし、音がそんなとこまで響くって近所迷惑すぎだし」
 言われればそうだ。じゃぁ家からもれたのではないのか。それにしても、なんだか不思議な歌だと思う。どこに言っても歌が聞こえるような、そんな感覚なのだ。確かにテレビの音なんかではないような気はする。
「どんなだっけなぁ。たしか――、――――、――」
 歌詞は覚えて居ないが、ルチルよりもよっぽどはっきりとした旋律を秋末はなぞった。
「そう、そんなかんじ!」
 思わず叫ぶルチルを見て、秋末は笑った。
「ま、私も題名覚えてないし歌詞もしらないんだけどね。サビの部分だけ覚えてるから」
「でもなんで、そんな歌が」
「さーねぇ。ま、無理しない程度に探したら?」
「……うん」
 結局のところ、何もわからなかったことには代わりがない。
 また朝外に出ようとルチルはため息を付いた。

 ◇
 
 家に帰ってもする事もない。
 そんな事はいつもどおりだ、ルチルは鞄と服をなげうつとパジャマにいそいそと着替える。
「――、――」
 覚えた歌を繰り返して見る。けれど歌が完成する事はない。タイトルもわからないんじゃ、調べようもないのだから。
「――、――――」
 覚えてる旋律だけを、なぞるように歌う。誰も聞いてないから、結構声が大きくなっているがルチル本人は気が付いて居ない。
「――、――」
 もしかしたら、早朝の歌もこんな風に一人で歌っている誰かが居るのかもしれない。
 そう思うと次第に声が大きくなる。
「――――」
 そしてテンションが乗ってきたところで、ふと我に返った。
「……」
 思い返してみて、顔が赤くなる。ルチルは思わず両手を頬に当てる。手が冷たいのか、頬が熱くなってるのか、兎にも角にも頭が冷えるような感覚に何とか自分を取り戻した。
「……ねよ」
 頭を振って、ルチルはつぶやく。
 夜がゆっくりと町に下りてきている。明日は早い、また歌に会えるだろうかそんな事を考えながらルチルは布団にもぐりこんだ。

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL