スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 何日目だろうかと、思い返すのも面倒だった。たしか、三回か四回か。
 ルチルは、早朝まだ日の昇らない薄暗い土手に立っていた。静かだが、水が流れる音がしている。川は止まるような事は無く、ずっと流れ続けていた。
 昨日、息が白い事に大喜びをして逃してしまった。思い出しても情けなくて、ルチルはため息を付く。白い息がふわりと風に流れていった。
「はー」
 もう一度意識して、大きく息を吐く。体から温度が逃げていく変わりに、空に真っ白な息が溶けていく。

 今日はまだ歌が聞こえない。静かな夜明け前は、川が立てる水音だけだ。
 川はそれなりに広く流れは緩やかで、環境音楽で聞けるようなすがすがしい音は聞こえてこない。微かに空気を引っ張るような水音が、聞こえているだけだ。
 じっとルチルは土手にある柵に寄りかかり、歌が聞こえるのを待っている。
 風は無く、川の温度が高く湯気が上がっているがなびいていない。だから、川の上が真っ白に染まっている。こうやって見ていると、川が動いていないようにすら見える。ゆっくりと、湯気は空にむかって広がり川の流れとは切り離されている。
 それがなんだか不思議で、ルチルはじっとそれを見ていた。
 川の上に白い草がはえてるようにすら見える。
「――」
 歌が聞こえてきた。
「――、――」
 あわててルチルは周りを見回す。 
 いつものように、反射し続け削り取られたあの細い歌ではなかった。しかしリズムは同じ、ルチルは周りを見渡して歌の元をさぐる。
「こっちだ」
 音の大きくなる方向をみつけ、ルチルは歩き出す。
 ゆっくりだった足取りは次第に早く、気が付けば駆け出していた。博士に、走るなと言われていた事を忘れたわけではないが、どうしても早く歌の主にあいたかったのだ。
 次第に関節に熱がたまりだす、ヒーターをとめ外気に冷却を任せルチルは走る。
 足を踏み出すたびに、ひざのアブソーバーが摩擦熱を作り出し、潤滑剤が圧縮され加圧熱を放つ。しかし、外気にさらされたひざはほとんど一瞬で放熱を完了、余剰過熱ぶんも肺から吐き出せる。大丈夫、ルチルは走る。
「――、――――」
 歌が聞こえる。自分の息使いがまざり、不思議な旋律が耳に届く。
「――」
 音が近くなる。
「――――」
 ひときわ大きな音に、ルチルは足を止めた。大きいと言っても、今までと比べて大きいだけで、そこまでびっくりするような大きさではない。
「あれ?」
 しかし、その場所は土手には変わり無く、音はそこから聞こえてくる。その場所に誰もおらず、ルチルが一人たたずんでいるだけだった。
 見回すものの、湯気を立てる川と、遠くまで続く土手ぐらいしか見えず動く物なんてほとんどなかった。
「――――」
 しかし歌は聞こえてくる。ゆっくりとルチルはその場で回ってみた。
 両耳から聞こえる音をしっかりと聞き取るように両手を当ててみる。見られると結構恥ずかしいポーズだが、ルチルは気にしない。目を閉じ、耳に両手をあてその場でぐるぐると回る。
「!」
 音が聞こえた。
 ――土手の下だ。
 目をあけ、ルチルは柵へと歩み寄る。
「――、――」
 歌が聞こえる。今までで一番はっきりとしっかりと。
 ルチルは勢いを付けて、柵に飛び掛る。彼女の勢いにまけ、柵が軋みをあげた。
「あれは……ラジオ?」
 雑草に覆われた土手の下、川の流れに淀んだ場所に赤い色彩があった。枯れ草の茶色と、川の黒、灰色の土手を形作るコンクリという、色彩の無い世界に、ぽっつりと赤い色が転がっていた。
「――」
 音はそこから聞こえているようだと、ルチルは確認すると柵をよじ登る。
 ルチルは、成人で大体胸の辺りまである柵を必死でよじ登る。騒がしい音を立てながら何とか体を川の方へと向け、またぐ。
「と、と……わわわ!」
 バランスを崩し、川の方へと体が倒れた。土手側にあった足が、体の重さにまけあがっていく。このままでは鉄棒のように状態が回り、頭から柵に激突。
「いっ」
 無理やり足を柵に当て、体を押さえ込んだ。
 ひときわ騒がしい音をたて、ルチルは何とか柵にひっかかる。
「ふー」
「――、――――」
 歌は相変わらず続いている。まるでルチルなんか、知らないかのように。
 一息つくと、ルチルは急な坂になっている土手の側面を降り始めた。
 
◇ 
 
 赤いラジオは、静かにルチルの手でなっていた。
 タイマーだろうか、それともなにかあるのだろうか、くるくると手の中でルチルは赤いラジオをいじっていた。
 それにしても音が小さい。こんな音量であんな遠く、自分の家の近くまで音が届くはずがない。
 ルチルは、ラジオを掲げあげたり、ひっくり返したりと弄繰り回していた。
「んー」
 諦めて、戻ろうと振り返った瞬間。
 目の前が真っ暗になった。
「わ!」
 驚きに後ずさる。同時、自分の声が聞こえた。疑問に、視線があがり、周りが見えてくる。
 ――用水路?
 大きな、土管のような丸い物が口を開けていた。それは遠くどこまでも続き、奥は闇で見えなくなっている。四つんばいになれば中を歩けるだろうか、そうおもって、ルチルは顔を近づける。
「――!」
 いきなり音がやってきた、それは足音だったり、車の音だったり、くしゃみだったり、そして人の声だったり。いきなりの音に、ルチルは離れる。
「……そうか」
 手元のラジオは歌を歌っている。きっと、この用水路は町中に広がっていて音を集めていたのだ。そして、ラジオはそれをつかって町に歌をながしていたのだ。
「――、……」
 歌が終わる。すっと、ラジオは役目を終えたように静かになった。音の圧力がなくなり、今度は用水路から音が溢れ始める。
「あー」
 声をかけたら、誰かに届くだろうか。
「――、――」
 ラジオの代わりにルチルは用水路に向かって歌を歌った。
「――――、――」
 向こうから、人の足音が聞こえる。届いたら、面白いと、ルチルは歌う。
 土管が配線、マンホールをスピーカーに、この用水路の出口がマイクだ。
「――――」
 歌が溢れる。
 ラジオが、身じろぐように一度ノイズを挙げた。

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL