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連載小説「保健室のロボット先生」

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 畳の匂いに、蕎麦の匂いはとても合う。誰かが行っていたが、ルチルには今一わからなかった。植物つながりだからだろうか、などとくだらない妄想を繰り広げながら彼女は、テーブルに座って注文した蕎麦が来るのを待っていた。
 木を輪切りにしてテーブルにした、丸い年輪の良く見えるそれは椅子になっている切り株と合わせて、なんとも落ち着いた雰囲気がある。調度品も、木を基調にした物が多く並んでいた。
 油と鉄錆、人工樹脂にセメント。生まれながらにそんな匂いに浸されてきたルチルからしてみると、あまり落ち着ける雰囲気ではないのだが、どうやら人間は違うらしい。

 秋末はルチルの正面に座り、テーブルに頬を預け目を瞑っていた。
「はーらーへったー」
 つぶやくような秋末の繰り返す言葉をBGMに、ルチルは店内を見回して注文が来るのを待つ。
 こういう木の匂いが落ち着くと言う人間は、きっと木で出来ているのだとルチルは思う。いい匂いではあるが、精神的に安定を求めるには足らないロボットはやはり木で出来ていない。ということは、木で出来たロボットがいたら、人と同じように落ち着くのだろうか。
 それとも、生まれた場所の匂いなのかもしれない。
 ルチルはじっとしながら思考を続ける。
 自分が生まれた場所が、木の匂いがしないから自分はこの場で落ち着けないのか。と、ルチルは思う。けれどそうなると、人間はみな消毒液と血液と薬液の匂いで落ち着くはずだ。やはり生まれた場所の匂いではないのだろう。
 つまるところ、人間は木で出来てるとしか思えない結論が出てくる。
 ちょうど、とんでもない理論の帰結に陥ったルチルの前に蕎麦が置かれた。
 木と木がぶつかる軽くて乾いた音に、思考が引き戻される。
「お待たせしました」
 老女のしわがれた声に、秋末が勢い良く顔を上げて反応した。
「まってましたー」
 ごゆっくり、とマイペースに頭を下げて下がっていた老女など見えて居ないのか、秋末は既に蕎麦を食べ始めている。
 それを眺めながら、ルチルも箸を手に取った。

 ◇

 腹がへっているのなら、天麩羅蕎麦を食べればといったルチルに、秋末や指を立てて含み笑いを返した。そんな物は邪道であると、彼女は胸を張る。
 他にも秋末の薀蓄は続く。あまり噛まずに、飲みこまなければならないだとか、腹いっぱいまでは食べては行けないだの、大盛りではなく二杯目を注文するべきだあるだとか、箸は割り箸でなければならない、などと永遠と語られた。
 その中に、長居をしては行けないと言うのも含まれており、実際秋末は食べ終わるとさっさと席を立ち会計を済ませてしまった。
 なんとも、蕎麦を食べるのはめんどくさいイメージしか付きまとわず、ルチルはため息を一つ。博士に今度もっていこうと、お土産用の蕎麦を買ってレジを後にした。
「ふー、くったくった。あら、ルチルお土産かったんだ」
「うん。博士にね」
 と、秋末が首をかしげる。
「都紙博士?」
「そうだけど」
 そういうと、秋末は空を仰いで何かを思い出そうとしているのか眉をしかめる。ゆっくりと、駐車場へと向かいながら秋末を空を見ていた。
 と、何かを思い出したかのようにルチルを見る。
「ねぇ、都紙博士って蕎麦アレルギーじゃないの?」
「うーん、だめだったらメイドさんが教えてくれると思うし、とりあえず持ってく」
 なんとも適当な受け答えをしてルチルは笑う。助手席の扉を開けながら、秋末が呆れたと言う顔をしていた。
 車の中は、排ガスの匂いと油の匂いが染み付いている。人間によっては、気分の悪くなるような匂いも、ルチルにとっては問題にもならない。体を滑り込ませるように車内に預け、そのままの動きでキーを差し込んだ。
「まだ先にいく? それともこの辺りをドライブする?」
 助手席にいる秋末に声をかけると、任せると言った具合にひらひらと手を振られた。とりあえず、この先山を登っても越えても特に何も無いのを確認すると、ルチルは先ほど上ってきた道へとハンドルを切った。
 砂利を踏むタイヤの断続的な摩擦音と低いエンジンの唸りが車体を響かせる。ハンドルにまで伝わるその揺れを感じながら、ルチルはアクセルをゆっくりと踏み込んだ。
「あ、ねぇルチル。戻るならさ、さっきの自販機でジュースかって行きたいんだけど」
「へーい」
 まるで召使だ、とルチルは苦笑。そんな事に車のスピードが落ちるわけも無く、ゆっくりと車体は加速を始めていく。
 
 緩やかなカーブを車はゆっくりと下っていく。カーブの内側は、山の斜面が続き木々が立ち並んでいた。車の速度に合わせて流れていく山の斜面は、緑と黒の縞模様を描いていく。昼過ぎに指しかかっている空は青く、山とのコントラストがまぶしい。冬の空気は張り詰めていて、どこまでも見通せそうな景色にルチルは目を細めた。
 長いカーブを曲がりきり、斜面の途切れた場所に自動販売機が見えてきた。先ほどと同じ場所で、自動販売機は何も変わらずたたずんでいる。
 車は歩道ぎりぎりへ寄せられスピードを落とした。行きと違い、逆側にとめられた車はゆっくりをエンジンを停止させていく。空冷のファンが止まるり、ゆらりと熱気が車内に流れ込んできたような気がした。
「ほら、ついたよ」
 ドアを開け、体を外へと出しながらルチルが秋末を呼ぶ。
「え? あれ?」
 一瞬かたまり、次に周りを見回し始める。秋末の顔に浮かぶのは疑問符。
「あれ? まじでここ?」
 などと、変な事を言いながら、秋末は車を降りた。扉を閉める、重たい音。勢いでゆれた車体は、サスペンションを軋ませてゆっくりと揺れを削っていく。
「どうしたの?」 
 駆け寄るように自動販売機へと向かう秋末の背を追いながら、ルチルは声を掛ける。
「本当にここ?」
「そりゃ、この道で他に自動販売機なんてなかったし」
「そんな――」
 愕然とする秋末。理由が判らなくてルチルは、首をかしげるばかりだった。
「どうしたのよ。狐に化かされたみたいな顔して」
 自動販売機の横に立った秋末に追いつくと、ルチルは彼女の視線を追う。
「ねぇ、ルチルもう一度聞くけど。本当にココってさっきの場所?」
 ルチルは目を見開いて、頷く。
「たぶん……ううん、GPSでも同じ場所だよ」
「なんで――」
 秋末が向ける視線の向こう、
「無いの」
 そこにはただの山の斜面が広がっていた。くるときに見た赤い漆塗りの鳥居は一つもなく、他と同じように木が並んでいる。

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