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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 授業の合間である時間は、まるで学校そのものが弛緩しているような印象を受ける。というものの、長期休暇明けだからこそではあるが。
 提出資料をまとめたルチルは、資料を胸に抱え廊下を歩いていた。数人の生徒達があわただしく廊下を行き来しているのを眺めながら、彼女はいつもの足取りで職員室へとたどり着く。
 扉をスライドさせれば、一瞬にして静かだった廊下に職員室の喧騒が溢れだした。熱気を伴ったその雑音は、廊下の冷たさと静寂をぬぐい去り瞬くするまもなく同一の世界へと作りなおす。
 まるで音と温度の洪水だ。 

 足を踏み入れれば、いきなり体感温度が変わる。廊下の冷えた空気とは違い職員室の空気は熱く蒸せている。数分もすればなれるだろうと、ルチルは一度深呼吸をして歩き出した。
「あら、ルチル先生、提出物?」
 声をかけられて、ルチルが振り向くと頭の後ろで腕を組んで笑っている秋末がいた。
「あー、あーー」
 いきなり背後にあらわれた秋末をみて、口をパクパクとさせるルチル。
「なによう?」
「あー」
 なおも声が出ないのかルチルは秋末をさした指をプルプルと震わせている。
「? どうしたの」
「そ……れ!」
「ん? ああ、アイスノン。昨日宿直交代してさー、寝不足でちょっと熱っぽくて。借りたの。あれ? まずかった? 代わりに保冷剤いれといたんだけど」
 頭をかきながら、秋末は笑う。秋末が犯人なのはわかっていたが、まさか現在進行形で頭についてるとは思って居なかったルチルは、驚きにまだ呼吸が整っていない。
「どうしたの? 金魚みたいに」
「……うぁ……いや、驚いた、だけ」
 一度深呼吸をして、ルチルはやっと落ち着きを取り戻す。
「それよりそれ、教頭先生にだすやつでしょ?」
「え? うん、そうだけど」
「教頭、今日はなんか教育委員会の会合とかなんとかでいないよ」
 すっかり忘れて居た事に気がつき、ルチルは肩を落とした。
「出直す……あ、ねぇ宿直って男性職員じゃないの?」
「人がいなかったのよ。実は言うと今日も……ったく、か弱い女性を」
「あ、あそう」
 どこら辺がか弱いのか、問い詰めたくなる言葉を飲み込みルチルは愛想笑いを返した。
「なによ、文句ありそうじゃない」
「ないない、ないないない。アイスノン、三限目までには返してね」
 それだけいうと、ルチルは踵を返し職員室を出ようとした。
「あーまって、私も保健室行く。一応熱はかりたい」
 そういって秋末が横に並んだ。二人は、職員室を出るとそのまま廊下へと出る。
 職員室の喧騒を背中に、ちょうど始業のチャイムが鳴り始めた。
「でもなんで、宿直なんて?」
「いま、試験問題つくってるじゃない。盗難防止だってさ。教師がやらないとまずいってのと、隙間あけられないってので、しょうがないから私が」
「ふぅん。今日もなの?」
「だって、他にいないんだもの……田舎だからねぇ、教師の数がすくなすぎるのよ」
「ま、養護教諭の私には関係ないか」
「えー、今日ぐらいつきあってよ」
 そういって、秋末はふてくされる。学校によってちがうが、この学校は宿直勤務は一名以上の教師という取り決めしかなく、そのなかに教諭、臨時教諭などの取り決めはない。もちろん、養護教諭がやってはいけないという決まりもなかった。
「だいたい、私充電しないととまっちゃうんですけど」
「あ、じゃぁ一度家に充電しにかえってさし入れといっしょに……」
「……」
 ルチルは、頭を抱えてため息をついた。
 ここまでいうからには、秋末にこれっぽっちも引く気はないということだ。ルチルは諦めて、軽く頭を振る。
「わかった、わかった。もっていくから」
 たわいもない会話をくりかえしながら、二人は保健室の前につく。と、保健室の中で動く影があった。
 誰かきているのかと、ルチルはあわてて扉を開ける。
「あ、先生」
 椅子にすわっていたのは、先ほどの足を挫いた男子生徒だった。
「あら、どうしたの? もしかしてもう保冷剤とけちゃった?」
「いえ、違うんです。逆で……ちょっと冷たすぎて」
「ありゃ」
 背中で、しまったという感じのつぶやきを無視。ルチルは、生徒が巻きつけてる保冷剤を外して手で触ってみた。
「確かに冷たすぎるか。いま、これしかないからもう一枚タオル巻いておくわ。ごめんね」
 手際よくルチルはタオルを取り出して、生徒の足に縛り付けていく。
「あ、秋末せんせ。先生、昨日宿直したんですよね」
「ん? ああ、したよー。もう、だるくてだるくて。あ、君は昨日忘れ物とりにきた子か」
「先生、夜ずっと学校にいたんですよね?」
 生徒の言葉に、少しだけ引っかかりを覚えながらもルチルはそのまま保冷剤をまきつけ終えた。
「いたけど?」
「変なのみませんでした?」
「へんなの?」
 秋末が、眉をしかめたのが背後でもわかった。
「七不思議の、階段を転がるボールの話しです」
「……あー。そんなのあったなぁ」
「ボール?」
 生徒の足元にひざまずいていたルチルが首をあげ、秋末を見上げる。
「なんかそんな怪談があるのよ。だれも居ない怪談をボールが転がるってやつだっけ?」
「はい」
「私は一応見回りもしてたけど、特にそんな音も聞いて無いしボールなんてみなかったけど」
「……そうですか」
 うつむいた生徒の顔は、秋末からは見えなかった。
「でも、こんな春もまだだってのに怪談?」
 ルチルがいうと、秋末が苦笑する。
「怪談をするのは夏だけど、幽霊が季節を選んでるとはおもえないけどねぇ」
「そりゃま、そうだけど。はい、できたよ。コレでたぶん大丈夫だとおもうから」
 ルチルは生徒の方を軽く叩く。生徒も、なっとくしたのかしてないのか微かに頷くと立ち上がった。
「痛みはもう大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございました」
 そういって保健室を出て行く生徒の背中を、ルチルは見送る。首をかしげ、秋末も生徒の背中を追っていた。
「ボールねぇ」
 呟いた言葉は、授業中の喧騒に消えていく。

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