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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 夜の闇に沈んだ学校は昼の日中にみる姿と違い、とげとげしい雰囲気の中にあった。それはけして夜の学校だからというのではなく、人の居ない建造物自身がもつ本来のイメージなのだろう。日の中にあってはけして気がつく事の無い、重量と輪郭が作り出す重苦しくそして攻撃的なイメージは、不安を喚起させるには十分だった。
 車を降りて見上げた校舎は、なぜだかいつも見上げている姿よりも大きく見えた。
 ルチルは車を横に、職員室玄関へつづく正門を開け始める。
 正門は、ルチルの背ぐらいある鉄格子だ。横にスライドさせて開く形で、対人と言うよりは対車両のような風貌である。宿直がいるとはいえ、開け放ちになっているわけもなく門は人一人通れるほどの隙間しか開いていなかった。重たい音をたてて、鉄で出来た門はレールの上を重苦しい音をたて滑り始めていく。速度が付くまで、こういう質量のある物は動かしづらい。
 ルチルは、必死で門を押していく。出力は、ほぼ成人女性と同じぐらい。筋肉疲労や、体調に左右されないロボットは物理行動に優れているという偏見があるが、実のところそんなことはまったくこれっぽっちもないのだ。
 だいたい、人間型に体を収めるだけでも苦労すると言うのに、その上人間以上の起動性を誇れるわけもない。神様だって、人間を作った時完璧なコピーはできずに、神様以下の人間はあんな有様だ。そんな有様の人間に作られたロボットが、人間を越える事ができるわけが無いのだ。

「むぅ……」
 重労働仕様のロボット達の出力がうらやましく思える。というよりも、正門の車輪がさび付いてるのが悪いのか、さらにはレールがでこぼこなのが行けないのか。ルチルの頭の中は文句に埋め尽くされていく。
 やっとスピードが付いてきたのか、少し押す力を控えても門は快調に進み始めていく。こうなれば後は楽チン、ルチルは大きく息をはきながら門を押していく。既に頭の中から、文句は消え去っていた。
 車が通れるほどの幅が開いたところでルチルは手を離す。が、当然門はその場で止まるわけもなく慣性の法則によってレールを滑っていった。
 じわりじわりとその距離は広がり、
「あ……」
 けたたましい音をたて、門は開ききってしまった。呆然と見送るルチルをよそに、鐘のような音が響く。
 思わず周りを見回すルチルだが、幸い人通りはなく失態は見られていないようだった。
 そそくさと車に戻ると、今までに無い手際の良さでエンジンを始動。車は緩やかに学校の駐車場へと進んでいく。
 しばらくすると、ルチルが車から顔を出した。両腕には、道中でかってきた秋末への差し入れと自分のお泊まりセットを下げている。
 そのままの足で、校舎へ入ろうとしてルチルは動きを止めた。思い出したかのように、体を九十度回転、正門へと駆け寄っていく。
 門をしめるのを忘れていたのだ。
 重苦しく、門がレールを滑る音に混ざってルチルのため息が夜の校舎に響いた。

「ずいぶん来てから遅かったじゃない」
 秋末の第一声に、ルチルは首をかしげる。宿直室は、6畳ぐらいの小さな部屋で窓が一つ、畳敷きの部屋に小さなテーブルと、座布団が敷かれている。窓の近くには、古ぼけたテレビが二台と、誰が持ってきたか知らないが古くさいゲーム機が一台おいてあった。
「え? 何で判ったの?」
「だって、派手に正門開けてたでしょ」
 そういやそうだ。秋末に聞こえないわけが無いと、ルチルは納得する。
 秋末の背後には、一台テレビがついていた。それは、学校の監視カメラ用のモニタで放送番組を見るためのアンテナにはつながって居ない。定期的に場面が切り替わり、暗い学校を写し出している。
「はい、差し入れ。適当に買ってきたけど」
 そういってルチルは片方の袋を秋末に差し出した。秋末は、礼をいってすぐさま袋を開け始める。袋から出てきたのは、オニギリ。鮭、明太子、鮭、鮭……。
「ちょっと、ルチル。これ鮭と明太子しか無いんだけど」
「だって、他の色おいしそうじゃなかったし……」
 色といわれて、秋末は失態に気づく。ルチルは食事などほとんど取らない。取れないわけでは無いのだが、必要が無いので取らない。だから、味なんて判らないのだ。
 ルチルは、ラベルの色だけをみて具を選んできたのだ。シーチキンは青。おかかは茶色。焼肉とかも茶色だっただろうか、高菜にいたっては緑だ。確かにそれ単体の配色で言えば赤を選んできたのも頷ける。しかし――
「おいしそうじゃなくて、あんたの趣味でしょ。赤とピンク」
「……さ、さぁ? 別に、オニギリだけ、かってきたわけじゃないん、だから、いいじゃない? ね? ほら」
 あからさまにしどろもどろになりながら、ルチルは袋を開けていく。ついで出てきたのは、インスタントの味噌汁が二つに、パンがいくつか。
「……おかずがない……」
「へ?」
「いや、なんでもない。あんたに全部任せた私が間違ってた。後で、ちょっとつまめそうなもん買い出しに行くことにする……」
 ルチルは何が間違っていたのか判らないまま、秋末の横で首をかしげているだけだった。

 手持ち無沙汰になった秋末が、オニギリを開けてはおもむろに食べていた。
 ルチルは、横で何が面白いのかじっと監視カメラの映像を見ている。
「あ、そろそろ見回りの時間だわ。ルチルはどうする? 一緒に行く? ここに居る?」
「へ? あ、そんな時間なんだ。暇だからついてく」
 のそのそと立ち上がる秋末を追いかけるように、ルチルも動き出した。
 六畳程の宿直室を出ると、廊下は日中の学校よりもずいぶんと寒かった。思わず身をすくめるルチルをよそに、秋末はさっさと手にライトを持って廊下を歩いていく。
 リノリウムを叩く秋末の足音は、毅然としていてまるで冷たい空気すら払う勢いを持っていた。
「ねぇ、うちの学校の怪談ってへんじゃない?」
「そう? 七不思議のこと?」
「うん」
 廊下のさきは、手持ちのライト程度では照らしきれずぽっかりと闇が口を覗かせている。たまに嫌に反射率の高いガラスや鏡がライトを写してまぶしい。
「どこが?」
「だって、花子さんも居ないし。走る二宮金次郎も、ベートーベンも、踊る骨格標本もないんだよ?」
「そりゃまた、古くさい七不思議しらべたのねぇ。別に学校ごとでしょ? この学校は統一感あって私は好きだけど」
 そういって、秋末は笑う。そんな物なのかと、ルチルは首をかしげてみるものの、やはり変な話しだと言う感想はぬぐえなかった。
「女の子ねぇ……」
 階段を上り、上の階へ。二人の足音が、階段の踊り場に跳ねて返ってくる。
 規則的な足音。階段を上る、規則的な足音が――
 三つ。
「え!?」
 驚きにルチルは足をとめた。けれど足音は二つ。
 自分は止めているのに。耳には確かに二人分の足音が届いていた。
 

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