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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 屋上へと続く鉄扉が、風に音を立てる。重苦しく、地面を這うような音にルチルは一瞬体をすくめた。
 麻は、ルチルに気がついて無いのか、ソレとも無視しているのかじっと鉄扉の前でボールをついていた。
 規則正しいボールの跳ねる音、そしてソレを追いかける足音。音は連なり連続し続いていく。重複に重複をかさね、けれど一つの音にはなら無い。一つ一つは独立し、しかしその端々を重ね、けれど一つとして認識できる。
 目の回りそうな音の洪水。エコーにエコーを重ね、ボールの跳ねる音と麻の足音は鳴り響き続ける。

「……麻ちゃん?」
 しばらくの間ルチルは止まったように麻の方をむいて動かなかったが、搾り出すような声をかけた。
 ふっと、音が途切れる。
 耳に痛くなるほどの静寂。
 麻がボールをつくのを止めて、立ち止まったのだ。けれど、顔はうつむきルチルを見ていない。
「麻ちゃん? ねぇ、秋末先生みなかった?」
 ルチルは自分の声が反響して、輪郭をぼかしながら闇に消えていくのを聞く。目の前で麻はうつむいたまま、ボールを抱え動かない。
「麻、ちゃん?」
 一歩あがる。その足音に、麻が反応した。ゆっくりと顔を、ルチルに向ける。
「先生。ここには秋末先生はいないよ」
 その言葉にルチルは立ち止まり、麻を見上げる。
 麻の表情は、ルチルの居る高さからでは闇に隠れて見えない。ただ、彼女の後ろにある鉄扉についているガラスの採光窓がおぼろげに光を放っているだけだ。視覚機構の解像度が自動的に上がるが、暗視機能が無いので結局彼女の表情は見えずじまいだった。
 ルチルは、近づこうと足を上げる。
「これ以上きちゃだめだよ。戻れなくなる」
「戻れない?」
「そう、戻れなくなるよ」
 振り返ってみるものの、相変わらず五階は其処に存在し、階段はしっかりと感触を返している。ルチルは、首をかしげながらも踏みとどまった。どうしてか、麻の言うことが正しい気がするのだ。恐怖というものだろうか、雰囲気に飲まれてるのだろうか、ルチルは五階から一段上がった場所に立ちつくす。
 雑音はなく、ルチルに聞こえるのは自分の駆動音と目の前に居る麻の呼吸だけ。いやに静かだった。建物の中と言うのは、少なからず音がする。鉄筋のコンクリでくみ上げられた学校ならばさらに顕著だ。建造物は己が溜め込んだ熱を呼吸し風を食べる。かすかな軋みや、揺れが起こす風の音を吐き出す。
「麻ちゃん、ここは五階……なんだよね?」
 思わずルチルは聞いた。
 ルチルの言葉に、麻はゆっくりと首を振る。
「え? どういう、こと?」
「ここは、五階じゃないよ。でも四階でも無いし三階でも無いし二階でも無いし一階でも無い」
「……なぞなぞ?」
 また首をふる麻。思い出したかのように、彼女の背後で扉が揺れた。五階でもないし、他の階でもない。その麻の言葉にルチルは首をひねる。
「うーん、ここには無い場所とか」
「ちがうよ、先生」
「どこにでもある場所とか」
 首を振る。
「――地下一階でしょ」
 声は別のところからやってきた。
 ルチルの真後ろ。驚きに振り返ると、秋末が立っていた。麻はさほど驚かず、ゆっくりと首を立てる。
「え……だ――
 一瞬で世界が反転した。
 いきなり空中に投げ出されたように、身体感覚がなくなり、ついで高度メーターがいかれた。重力を捕らえる事が出来なくなり、体中のフィードバッグがまるで塗りつぶされるように一瞬にして無くなる。
 音も聞こえず、驚きに声も出せない。
 視界が真っ黒に塗りつぶされ、完全に何もかも入力がなくなってやっとルチルは頭で疑問を浮かべる。
 ――え?
 と、思考が走った瞬間。まるで何かから吐き出されるように身体感覚が戻ってきた。隙間に入っていた物がとれたような、ずるりという感覚にめまいを覚える。
 焦点が合わず、何度かまばたきをする。体中の感覚は戻っており、下がどこかも判る。
 自分は立っている。
 高度は、一階の廊下より数十センチ下。
「え?」
 間違いなく、其処にあるのは地下へとつながる階段だった。そして、その一番下に鉄扉を背に麻が立っている。
「この先はきちゃだめだよ。先生、ほら上がって」
 麻にうながされ、ルチルは一歩後退する。とん、と秋末がルチルの方をおさえた。
「ルチル、大丈夫?」
「う、うん。何でここに……」
 見渡した時には既に見慣れた一階の階段だった。地下への階段はなく、いつものように埃にまみれた階段裏があるだけだ。
 車の音も、風の音も、そして学校が建てる音も帰ってきている。まるで固まっていた空気が動きを取り戻したかのようなにぎやかさに、なんだかルチルは安心する。
「気がついたら、私もあんたの後ろにいてねぇ。よくわかんないや」
「幽霊の正体って、あの麻ちゃんなのかな」
「どうだかね。違うきがする」
 秋末は手にライトをもって廊下を歩き出す。まって、とルチルも後をつけるように歩き出した。二人分の足音が廊下に響いている。今度はちゃんと二人分だと、ルチルは心の中で笑った。
「違うって? なんで、怪談にでてくるのも女の子でしょ?」
「中学生の怪談で、中学生が出てきて女の子? だって、生徒は生徒って怪談でいわれてるんだよ?」
「えぇ?」
「たぶん、怪談で言われてるのはもっと若い女の子でしょ。小学生とか。じゃ無かったら女の子っていわないで、生徒とかいうんじゃないの?」
「えー?」
「だって、生徒が出てくる怪談はちゃんと女子生徒になってるもの」
 そんな簡単な理由でいいのだろうか、ルチルは首をかしげるが、どちらにせよ麻では無い気がするのは確かだった。
「じゃぁ違うなら、なんで地下一階あったのかなぁ」
「さぁねぇ。麻ちゃん助けてくれたのかもよ? あのままだれも居なかったら、ルチルぜったい登りきってたでしょ階段」
「そっか……」 
 と、いきなり視界がぶれた。
「きゃぁ!」
 けたたましい音を立てて、ルチルが倒れる。
「ちょと、ルチル?」
「たたたた」
 足がもつれ、こけたのだ。
「あんた何も無い場所でころばないでよ……あ、もしかしてあの呪い? なんか降りたぶんだけ怪我をするっていう」
 関心する秋末を見上げながら、ルチルは涙目で呟く。
「いたい……」





 誰も怖がらない怪談はさっぱり怖くは無い事が判りました。

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