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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 油とサビと鉄の匂い。
 ルチルは目を覚ます。何も無い真っ白な部屋の中央に、物々しいアームやコードが絡み合ったベッドが一つ。その上でルチルは目を開けて天井を見ていた。
 試しに流した薬物信号は、全て反応良好で返ってくる。駆動系の出力も、今まで微妙な引っ掛かりがあった部分が全部きちんと統率の取れた反応を返す。
 廃熱システムも完全なレベルで熱交換を行っている。感度が良くなったのではと思うほど、外部入力情報はきめ細かくそしてエラーなく情報を送ってきて、視覚機構の反応速度も昔に戻っている気がした。
 視力が良くなったり、入力情報が増えたり、駆動系の出力が増えたり、というような状態変化ではなくて、今まで不具合があった部分の完全なリペア。

「おはよう、ルチルくん。調子いいだロう?」
 調子はどうか聞かない自身たっぷりの言葉が、上から降ってくる。視界をめぐらせると、スピーカーが天井に一つついていた。ソレを確認して、そのまま視線を移動。壁の上の方に大きなガラス窓があった、其処からぼさぼさの髪の毛と髭が覗いている。
「はい。博士」
 何度となく訪れている、都紙博士の研究所である。
「足をもつらせて、関節故障とは。確かに走ってはいけないといっタが、歩いてはいけないと言ってなかった。あと、転んではいけないと付け足しておかなければならいないかな」
「博士ぇ……」
「はは、とりあえず調整できるところは調整した、上がってオいで」
 いうと、窓の向こうで博士は手を振って顔を引っ込めた。
 博士を見送ってからルチルはゆっくりとベットから体を起こす。同時に、部屋の唯一の出入り口の扉が静かに開いた。都紙博士の助手をしているメイド姿のユキというロボットが顔を出した。
「ルチルさま、お疲れ様です」
 ゆっくりと綺麗な一礼。ルチルもあわてて頭を下げた。相変わらず特別製のユキの動きは完璧で、美しかった。
 ユキに促されるまま、後についてルチルは部屋をでる。長い廊下も相変わらず、どこを歩いているのか判らなくなる。ユキから離れれば、一瞬で迷うこと請け合いなのだ。
「あの、やけに調子いいんですが。パーツ交換したんですか?」
 一定の速度で歩き続けるユキの背中にルチルは話しかける。
「はい、足首のパーツはワイヤーシリンダーもフレームにもダメージがあったので新品に交換しました。少々なれるまで動かしづらいと思いますがご了承ください」
 立ち止まらず、半身になって雪は答える。
「え? 足首だけですか?」
「はい。他の部分に関しては掃除と調整だけにとどめてあります。癖のついたフレームなどは、新品のほうが不具合が出ますので」
 そういう物なのか、とルチルは一人納得する。確かに足首はいつものように動かない。それは、別に歩きづらいとか反応が悪いとか言うものではなくて、もっと微妙な差だ。
「そんなもんですか」
「はい」
 そうしてまた、ユキは先頭にたって歩き始める。
 無言のまま、廊下に二人分の足音。窓と扉は常に同じ間隔で視界に現れ、同じ間隔で消えていく。戯れに、場所を調べてみても、いつものように研究所に自分はいる。同じ場所をぐるぐる回っているようにみえるが、なぜかたどり着く場所は違う。
 博士に聞いても、秘密だととりあってはくれないので、ルチルも聞くのを止めた。けれど、こうしてやってくるたびに場所を調べてしまうのはたぶん癖や習慣になってるからかもしれない。
「こちらです」
 そういって、ユキは立ち止まると扉を開く。
 薄暗かった廊下に、扉の向こうから光が差し込んでくる。
「あ、はい」
 開かれた扉をくぐると、小さな部屋が顔を出す。
「次ハ、あんなに派手に転ばないでくれよ。それにしたって、派手に倒れたね」
 そういって、博士は何か銀色の球体に穴が開いたような物を取り出した。
「本来、足首のパーツは結構頑丈に出来ているのだけレどね」
「それ、足首のパーツなんですか?」
 無言で頷く博士。ルチルは、博士からその足首のパーツを受け取った。
 銀色の球体表面は、余りにも綺麗でルチルの顔がゆがんでうつっていた。本来の形は、球の中央をくりぬいたような形だったのだろうか。しかしルチルの今持っているそれは、一部分がへこんでいた。
「綺麗ですね」
「そうかネ、こっちが新品だ。こっちの方が便宜上綺麗なはずだが」
 そういって、机から出された似たような形のパーツは、銀色は銀色であったが――
「え?」
 曇っていた。くもっていたというよりは、カッターの刃の腹のような曇り方をしていた。
「え? あれ?」
「これは、磨耗した時に癖がつくように出来ててね。つまり使い込んでも劣化しづらい物で出来ている。君達の関節というのは、実は電子脳なんかよりも大変な技術が詰め込まれていルんだ」
「へぇ。すごいですね」
「いや、すごいのはルチルくん。君だよ。ここまで使い込まれたパーツは見た事が無い。ほぼ全て、全くの癖もなく使い込まれている」
「はぁ……」
 言われてもいまいちピンとこないまま、ルチルはあいまいに頷いた。
 と、ちょうどその時後ろで扉が開く。
「ルチルさま、学校からお電話が」
「へ?」
 今日の午前中は休みをとったはずなのに、どうしたのだろう。
 訝しがりながら、ルチルはユキの差し出した受話器を受け取った。
「はい」
 受話器の向こうから、ホワイトノイズが聞こえている。
 

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