スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 車を走らせている自分を見下ろしている間隔。同じリズム、同じ景色、繰り返しが作り出す一種の催眠効果にもにた単調な世界が視界を流れ耳を叩く。
 ルチルは、己を自覚している物のまるで自分を見下ろしているかのような錯覚に陥った。
 それは、特に単調な作業を繰り返しているから、と言うわけではなくてもっと別に意識がもっていかれているからだ。
 タイヤが切り割くアスファルトの音を聞きながら、ルチルは先ほどの電話を思い出す。
 
「はい、ルチルです」
 受話器の向こうからは、人の居る気配が伝わってくる。ルチルの声を聞いて、息をすったような雑音。
「秋末よ。ルチル先生、今どこ?」
 その声は、いくら電話越しとはいえ聞いた事の無いトーンで耳に届いた。秋末がコレほど低く重たい声を出せるのか、驚いたがその声の意味にたどり着いてルチルは息を呑む。
「都紙博士の研究所にきてます」
「そう、よかった。あのね、うちの生徒が一人病院に担ぎ込まれたの。身分証明できそうな物、全部車にめちゃくちゃにされて名前が判らない状態なんだって。お願い、いま教師全員で生徒の所在確認してて手が開かないから、ルチル先生は休暇のところ悪いけどすぐに病院にいって」
 急ぎだと判って、質問をするほどルチルは馬鹿ではなかった。すぐさまに電話をユキに預けると、ルチルは部屋を走り出した。
「ルチルくん、あまり無茶しないでくれタまえ」
 背中で聞こえた都紙の苦笑交じりの声に、ルチルは心の中で頭を下げる。
 ――道路情報は御用入りですか[EOM]
 と、頭に飛び込んでくる強制交信が一つ。ぽこんと、頭の中を叩いた。強制交信は、通常指向性の通信媒体を使って相手に直接交信させる方法だ。声を飛ばすのもある種強制交信と言える。しかし空気を媒介としないような強制交信は、得てして強力無比な強制力を持っている。
 だから、コレほど丁寧で強制通信という言葉の強制の部分を鼻から疑ってしまいそうなほどやさしい通信をルチルは始めて聞いた。
 ――ユキさん、ですか[EOS]
 交信情報についてきた、開放ポートへ返事を投げ込む。都紙博士の、メイドはどこまでも特別製だといことを思い知らされる。
 ――電話内容は聞いておりませんが、お急ぎの様子ですのでもしやと思いました。[EOS]
 ――すみません、お願いできますか?[EOS]
 ――目的地は、どちらでしょうか。[EOS]
 ――病院です。[EOS]
 廊下を抜け切り、ルチルは研究室をの玄関をくぐる。一気に明るくなる視界に、視覚機構がおいついてこない。
 ――転送先はいかがしましょう。[EOS]
 ――私に直接。[EOS]
 ――了解[EOS]
 同時、とんでもない情報量にルチルはバランスを崩した。まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃。バランサーの優先度を上げた瞬間、受信情報はさらに頭の中を埋め尽くしていく。情報の洪水。最短距離、サブ、サブ2、たった三つの経路だと言うのに情報は予想をはるかに越えた量だったのだ。何とか足を踏み出し、体を支える。
 経路全てに存在する、車一台一台の情報、そして予想経路状況。
 ――わ、わゎっ![EOS]
 洪水にもにたその情報に、ルチルはハングアップしかける。思考情報の更新速度が送れ、それにつられて体そのものの反応が鈍くなる。あきらめて、無駄なプロセスに片っ端からキルコマンドを飛ばした。上手く落ちてくれればいい程度の、気休めな行動でしか無いが、ソレでも幾分からだが軽くなる。
 ――あと少々です。[EOS]
 聴覚機構を一時スリープ。嗅覚機構、一時スリープ。身体感覚レベルをマイナス4。バランサー優先度プラス1。急げ急げと、体が叫ぶが前からまるで情報の風が体を押さえつける。
 五感にかかわる部分すら一時凍結を開始したころには、駐車場へとたどり着いていた。
 ――終了です。[EOS]
 ――あ、ありがとうございます。[EOS]
 止まった情報の流れを頭の中で整理しながら、車を自動発信。
 ――お急ぎください。ロボットとは、例え人の傍に居るようになった今でも、人を守るために存在するのです。例え友人となれても、ロボットはいつも人の盾になり、足になり、手になり、頭になり、目になり、いかな要求にもこたえ、かなえるために存在するのです。ですから、私への礼は無用と存じます。[EOS]
 ――いえ、相手がだれでもお礼は言う物です。それが本当のお礼ですよ。だから、ありがとうございます。[EOS]
 一瞬の間があった。既にルチルの発する電波では、ユキに届くことにはずいぶんと微弱になっているだろうに、ユキからの通信は以前しっかりとそしてはっきりと聞こえる。そして、ルチルの言葉をしっかりと彼女は聞いていた。
 ――……ありがとうございます、ルチル様。お気をつけて。[EOS]
 ――え? どうして私に?[EOS]
 ――礼の本質を教えていただきました。[EOS]
 電波の向こう、ユキが笑った気がした。
 ――どういたしまして。それじゃ、失礼します。[EOT]
 ――いってらっしゃいませ。[EOT]
 交信がきれるのを確認して、ルチルはハンドルを握る。
 
 ユキから送られてきた情報は余りに大量で整理に時間を要したが、道路状況の予測はほぼ完璧といわざるをえなかった。車の車種から、今までこの町でどういった経路でどういった方向へどの時間に向かったのか、全てを計算しつくしたシミュレーション情報は、完璧をいく未来予測だったのだ。
 昼前ともなると、さすがに田舎町とはいえ車は多く、簡単には進まない。予測時間は山を下ってから駅前を通過、土手の傍をとおる最短距離ですら三十分を要する結果となっていた。けれど、研究所をたって二十分、既に病院が見えてきたのだ。
「……すごい」
 ほぼ車どおりの無い道を、単調なリズムで車が走る。ちょうど、秋末からの電話が携帯に入った。圏内にはいっていたのだと、今更ながらに思い出してルチルは電話を取り上げる。
「はい、ルチルです」
「ルチル先生? いまどの辺り? 在席確認してるんだけど、休みが多くてこっちじゃもう」
「大丈夫、もう病院の前についたから。確認したら電話します。院内は携帯禁止だから切るね」
 しゃべりながら、ルチルは車を降りる。この町で一番大きい総合病院を前にルチルは深呼吸を一つ。携帯の電源を切りながら、ルチルは自動ドアをくぐった。
 院内の空気は消毒液と包帯の匂いが充満している。
 患者の呼び出しを行うアナウンスと、ロビー兼待合室から流れるテレビ放送の華やかな音が雑踏と混ざって、一種どくどくの音の波のような物がやってくる。あわただしく動いている看護士の間をぬけ、ルチルは受付を目指して歩き始めた。

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL