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連載小説「保健室のロボット先生」

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 喧騒は別に病的でもなく、逆にどこよりも騒がしく勢いがある。ただ、その喧騒に混ざる病的な咳や、松葉杖が床を叩く音、誰かの鳴き声、それらが混ざって嫌がおうにも、ここが病院なのだと認識させられる。
 受付に座っている看護士に、ルチルは声をかけ養護教諭第二種の証明書を見せた。
 基本的にロボットは嘘をつけないが、そういう風に受け答えするように作られたものは、既に本人で嘘か本当かの差が判らない。したがって、人間には、ロボットが嘘をいっているかどうかは、そのロボットの出自をはっきりさせる以外に方法が無いのだ。

「確認してもよろしいですか?」
 受付に座っている看護士も、ロボット。ルチルの証明書を受け取り、受付のロボットは証明書の確認をしていく。
 急いでいるのに。ルチルはあせるが、だからと言って証明確認が早まるわけでも無い。
「あ、あの……」
「はい?」
 余りにあせって、ルチルは口を滑らせる。
「あの。どれぐらいかかりますか? 急いでるんですけど」
「……あちらで、お待ちいただけますか? 確認がおわりましたらおよびいたします」
 怪しいと思われたのだ。間違いなく受付に座っているロボットの視線はルチルをいぶかしむような目をしている。でも、なぜ怪しいと思うのか。其処まで自分の身なりは怪しいだろうかと、見直してみる物の、研究所に向かった時の普通の服だ。やはり怪しく思われる節がないのだ。
 私怨で、わざわざそういう嫌がらせをするようなロボットなんてきいたこともない。
 運び込まれてから、学校へ連絡がいきそこからコチラにたどり着く時間が、と其処まで考えてまだ用件を面会としか伝えて無い事に気がついた。
 自分の取った態度以外に原因はなく、ルチルは諦めて引き下がる事にする。事を荒立てて時間がさらにかかるわけにはいかない。
「……はい」
 渋々ルチルは待合ようの椅子に向かって歩き出す。
 整然と並んだ椅子には、まるで集会所のように談話を続ける人や、うずくまって肩を震わせている人、見たところどこも悪く見えないのにつかれきった顔をした人、片腕片足をギプスで覆ってるのに楽しそうな人、色々な人が座っている。
 開いている場所に腰をかけ、ルチルはテレビをなんとはなしに見上げた。急がなければなら無いが、あせっても仕方が無い。けれど体中を焦燥感が駆け回っている。テレビを見ても内容は頭にはいってこず、アナウンスの音が聞こえるたびに体がぴくりと反応してしまう。
「おじいちゃん、こんな所にイタノネ。皆探してたよ」
 妙なイントネーションの言葉に、思わず注意がそれた。
 声の方へ視線を向けると、外国人の看護士が楽しげに話している老人を見つけてしかりつけているところだった。
「おお、おお。そろそろ戻るよ。だからもうちょっと」
「ダメだよ。検診あとつまってるんだから。ホラ」
 無理やり老人を立たせると、廊下へと押し出して行く。一見力任せにも見えるそれは、良く見るととても気を使った動きをしている。押しても倒れないように、けれど手加減ではない力強い押し。
 と、看護士が振り返った。関心してみていたルチルと目が合う。
「?」
 ルチルを見つけ、首をかしげた看護士は、老人に何か一言ささやいて力いっぱい背中を叩いた。
 そして、そのまま踵を返しコチラへと歩いてくる。
「あなた、ロボットさんですね」
 いきなり目の前にたった看護士を見上げルチルは、口をぱくぱくとさせる。思ったより背がおおきい。
「え、あの」
「なんで、病院にいるの? ロボットさんの病院は、ここじゃナイヨ」
「あ、あの……」
「わかった、お見舞い? ん? ああ、あなた中学のセンセイだったっけ」
 身体検査などの学校医がたしかこの病院にいる。ルチルはたまにやってくる学校医の姿を思い浮かべる。そういえば、看護士が数人ついてきたときその中にいた看護士だ。
「あ、はい。その説は」
「あははは、礼儀正しいセンセイだね。ドウシタノ?」
「あの、生徒がコチラに運び込まれたと聞きまして。身分証明できる物がなくて、連絡とりようがないので学校に連絡が」
「ああ、いたいた。あの車に跳ねられた子ネ。おいで、連れて行ってアゲルヨ」
 そういうと、いきなり看護士は歩き出す。
「あ、あのっ」
「ん?」
「いま証明書の確認を……」
 言われて、看護士は受付のロボットを見る。ロボットは、看護士の視線に気がついたのか顔を上げ、視線を返した。
「センセイは、間違いなくあの中学のセンセイだよ。証明書を返してアゲテ」
「……はい」
 存外素直にロボットは証明書を取り出すと看護師に渡す。普通こういう場合、融通を利くような事はなく突っぱねられる物なのだが。
 不思議そうなルチルをみて、看護士が笑う。
「一応、ワタシ婦長だからネ」
 といってルチルに証明書を渡した。そのまま、すたすたと彼女は廊下を歩き出す。足音はサンダル履きのわりに、静か。あわてて追いかけるルチルの足音だけが、廊下に響く。

 廊下をつきあたりまで。エレベーターで3階へ。さらに別棟への渡し廊下を渡りそのまま廊下のつき辺りへ。ほとんど同じようなつくりをしている病院は、迷いそうなほどだったがいきなり場所がひらける。いや、開けたのではなくガラス張りの部屋が横に現れたから広くなったように感じたのだ。
 ガラスの向こう、見えるのはベッドの上で体中に管をつながれている少年の姿。
「あの子。貴方の学校のプリントをもってたけど、それ以外はワカラナイ」
「中に、はいったらダメですか」
 廊下からでは、ベッドは遠すぎた。寝ている姿は見えているものの、角度も浅く顔が見えない。
「うーん。触っちゃダメだよ」
「はい」
 促され、ルチルは寝かされている部屋へ入る。よくテレビで聞く様な心電図を取る機械の、ピコピコした音はなく、低い唸りだけが部屋に響いていた。消毒液と、そして血の匂い。
 薄暗い部屋の中央、少年は其処で目を瞑り寝かされている。頭は包帯で真っ白、体付きも包帯と布団で判らない。見えているのは、閉じてる目と輪郭ぐらいだ。
「だれか、判る?」
「……」
 何とかしなければ。こんな状態では、頭の形も代わってるかもしれない。ソレでも、出来ないという答えは無いのだ。ルチルは、ゆっくりと呼吸をすると記憶を一気に走査し始めた。
 頭の中に熱がたまっていくのが判る。廃熱では追いつかない熱が少しずつ少しずつ頭の中にたまり始める。誰だか判ったところで、彼が救われるわけでは無い。それでもルチルは、懸命に記憶を掘り起こし名前を探す。
 かちりと、メカニカルな音を横の機械が立てる。まるでカウントダウンが開始したような、そんな音に聞こえた。

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