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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 膨大な記憶は、整理もされず詰め込まれている。
 いかな速度をもってしても、全てを走査しきることはできず、さらに時間は限られている。
 いくつ顔を重ねても、いくつ予測を立てて見ても、答えはなく不毛さの感覚が頭を掠めるだけだった。
 目の前にいる少年が、誰だかわからない。

 髪型が代わった程度で認識できなくなるほどのソフトではないが、さすがに頭全体を包帯が覆い、瞳は閉じられ、口には呼吸を助けるためのマスク。背はわかっても、体つきは判らない。こんな状態では、中々絞りきれないのだ。
 じりじりと、温度が上がっていくのが判る。自分が判る事なんてそんなことしか無い。
 ルチルは歯噛みする。ネット上に上がっている情報へも、病院と言う場所柄アクセスが出来ず、誰もルチルを助けてはくれないし、助けを呼ぶ事はできなかった。
 
 性別で半数が減り、背格好でさらに半数が減る。顔の特徴からさらに半数。
 それでも数は、二桁を保ち、さらに絞られ似たような顔が並び判別は困難に困難を重ねていく。こんな時、人間ならもっと絞れるのだろう、しかし自分はこうなると肌の色、ソレこそほくろの場所などでしか判別が付かない。目が開いていれば、声が聞ければさらに絞れるが、ソレは今叶うはずの無い事柄だ。
「センセ? どうしたの?」
 横で声が聞こえ、ルチルは顔を向ける。
「いえ……この子、名前がわからなくて」
「そか、養護教諭じゃ生徒の顔も一部しかしらないし、シカタないよ」
 慰めの言葉も、ルチルには届かない。頭のなかでは、幾重にも重ねられた記憶にある生徒達の写真が並んでいくが、やはり確定だけはできなかった。
 ユキが言った――ロボットとは、例え人の傍に居るようになった今でも、人を守るために存在するのです。例え友人となれても、ロボットはいつも人の盾になり、足になり、手になり、頭になり、目になり、いかな要求にもこたえ、かなえるために存在するのです――言葉が頭を掠める。
 判らなかった、と電話をすればいいじゃないか誰かが言う。与えられた要求も満足にこなせ無いのかと、誰かが笑う。
「声は引く目、少し鼻にカカッタ喋り方をする子。鼻炎だから、口が開いてる」
「え?」
 思わず、ルチルは顔を上げた。
 看護士はただじっと、少年を見下ろしながら呟く。
「ネコゼだね。寝てる時より立ってるときはとても小さく見える」
「あ、の」
 何でそんなことが判るのか、ソレとも彼女は彼にあった事があるのだろうか。
「顎の形だけでも、ダイタイ判るの。鼻炎は、さっき確認したばかり」
 もう一度言われたところを確認しながら、ルチルは記憶を思い出す。
 ――これもちがう。これじゃない。これも違う。
 可能性を必死ですぼめ、けれど行きついた結果が該当〇人。はじめからやり直し、さらに詳細に検索を開始。
 じわりと、熱が上がっていく。
「だめ、わからない……」
「ワタシはロボットがどう言う人の判別をするかシラナイケド。とりあえず、絞れた結果だけでも報告したら?」
「でも」
「現在意識不明、頭部に強い衝撃を受けてる。骨折は左腕のみ、内臓などへの深刻なダメージはない。傷が落ち着いたら、頭は最検査するけど意識が戻るようなら入院の必要はなし」
 看護士の言葉に、ルチルは反応できずぽかんと口を開けて聞いている。
「――ほら、行った行った。センセ、一度は連絡取らないと向こうだって心配シテルヨ」
 そういって看護士は、ルチルの背を押して無理やり部屋を追い出される。
「電話するなら、屋上が早いよ。ワタシはここで待ってるから」
 とん、と階段に向かって軽く押される。追い出され、無理に戻るのも気が引けたルチルは、諦めて階段を登っていく。
 ロビーとは違い、階段は静かで自分の足音しか聞こえなかった。
 空調も聞きづらいのか、少々肌寒い階段をルチルは登っていく。熱くなった体には、コレぐらいの温度は心地が良かった。
 
 ◇
 
『そう、判らないか。こっちは無断欠席の子全員に電話かけてるんだけど。だめ、全然。親が家に居ないみたいで』
 秋末の声が電波に乗ってやってくる。
「そっか……とりあえず、さっき面会できた時の画像と類似してる生徒のリストはメールしたんだけど、届いてる?」
 屋上の風は冷たく、空は昼過ぎだと言うのに雲が出始めて薄暗かった。雨が降りそうな、灰色の雲が、風に乗って空を流れている。
 屋上のコンクリの色に混ざって、今にも境界があやふやになりそうだった。
『ああ、確認した。こりゃ、あんたでもわからんわねぇ。しょうがないわ。顔ほとんど隠れてるし、良くここまで絞れたね』
「看護師さんが、特徴教えてくれて」
『そか、とりあえず容態は安定してるの?』
「意識は不明だけど。外傷は頭を強く打ったのと右腕の骨折ぐらいみたい」
 何やら秋末の背後がうるさい。きっと思ったより無断欠席やら、なにやらでもめているのだろう。基本的に職員室に縁が少ないルチルには、良く判らないことだが。
『いま、リストの中らから無断欠席した子を抜き出してるんだけど。この中に無断欠席した子が居ないのよ』
「え?」
 そんなはずは無い。思わずルチルは、携帯を取り落としそうになった。
『確かに写真見ると似てるけど。リストの子、全員きてるわ。もう一度調べなおして』
「う、うん。わかった」
『失態だわ』
「え?」
『失態。無断欠席ほっといたでしょ、うちの学校。今わかってるだけでも、無断欠席した子が数十人。連絡があとからくるかもしれないけど、こっちからかけて電話にでない家が既に十件以上。こういう事体になってから考えても遅いんだけどね。ほら、欠席届けって昼過ぎまでにだせばいいじゃない』
「あ、そっか」
『そろそろ連絡もそろってきたから判りそうなもんなんだけどね』
 とりあえず、調べなおしたらまたメールをすると伝え、ルチルは電話を切る。電話越しに伝わってきた学校の喧騒が耳に焼き付いている。
 深呼吸をして、再度調べなおす。先ほど送ったリストの生徒は削除、同じ手順を踏んで生徒達を篩いにかけていく。

 結果は変わらなかった。
 つまり、誰も該当者が居ないと言うことだ。

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