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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 八回見直した。
 広大とも居えるメモリ領域の全てを埋め尽くし、高速をもってしてもたどり着かない計算量を幾度となく繰り返す。
 吐き出されるのは熱と――欲しく無い答えだけだった。
 風の冷たさがこういう時だけはありがたい。ルチルは、空を見上げながら頭の隅で思う。意識すら端に追いやり、機能の全てを記憶走査へ当てても、やはり該当する生徒が見付らない。
 自分が壊れているのではという恐怖は常に付きまとう。しかし、自己診断プログラムなんか走らせる余裕はなく、恐怖を感じる思考は頭の隅で震えるのみだった。
 あやふやで、すがる物なんか無い。そんな感覚が体のどこからかしみこんできている。ソレを感じながらも、ルチルはじっと計算を続けていた。
 
 計算に計算をかさね、熱量をあげ、出てきた答えに首をふり、最初に戻る。
 繰り返しつづけるほかないルチルのポケットが震えた。
「?」
 携帯を取り出して見ると、液晶には学校の電話番号が踊っていた。
「はい」
『あ、ルチル先生? 秋末です』
「まだ、メールはしてないけど?」
『そうじゃないの、とりあえず連絡の取れない無断欠席の子が絞れたから教えるわ。こっちでも担任に見てもらってるんだけど、やっぱだめ。あんな状況じゃ判別つかないみたいで。と言うわけでこっちのリストから一番近い子をさがしてみて』
 そういって、秋末は生徒達の名前を呼び上げていく。
 無断欠席で、さらに連絡が付かない生徒は五人。
「わかりました。一度院内にもどって確認しなおしてみます。でもこの五人、既に調べて違うって……」
『だって、他にいないでしょう?』
「そう……ね。いってきます」
 電話を切り、ルチルは階段を降りて行く。
 屋上と違い少し暖かい空気が流れている階段は、薄暗く静かだ。自分の足音が、静かな空気にまるで響くように広がる。ぴんと張り詰めた弦に伝わる振動のように、音は一つの遅延もなく緊張をもって階段を渡ってく。
 
 三階は少しあわただしくなっていた。先ほどと違い、何か空気そのものが違う。もしかして、彼の容態が変わってしまったのだろうか。嫌な想像に、ルチルの足は速くなる。
「センセ、遅かっタネ」
「すみません。あの、なんの騒ぎですか?」
「え? あ、あぁ。新しい患者さんが運ばれてきたんだよ。今度は転んで骨折ダッテ」
 一瞬、彼の容態が変化したわけでは無い事に安心し、しかし怪我した人を考え口ごもる。
「そうですか……。あの、彼は」
「それが、さっき寝返りうったから。もう少ししたら起きるカモ」
 言われてみれば、布団が少しずれていた。
「あの、中に入っていいですか?」
 ルチルの言葉に、看護士は無言でうなづく。扉を開けると、いっそう強烈な消毒薬の匂いと、微かな血の匂いが鼻を付く。薄暗くされた部屋の中央で、生徒は仰向けになったまま身じろ一つしない。
 ルチルは、枕元に立つと生徒を見下ろした。確認したはずの五人の顔を確認しながら彼を見るが、ルチルには別人にしか見えない。誰一人、目の前で寝ている生徒とは一致しないのだ。
「いったい……」
 どういうことだろう。もしかして、麻のようなことになっているのか、そうでも無いなら自分が壊れたのか。ルチルは生徒を見下ろしながら、必死に確認を取り続けている。
「ワカラナイ?」
「はい……、五人まで絞れたんですが。それ以上が」
「その五人、ワタシに写真見せられる?」
 ルチルは無言で頷くと、近くにあった電源の落ちたディスプレイに近づく。
 裏を見ると、端子がいくつか開いているのが見えた。
「あの、これ」
 看護士は無言でうなづいた。ソレを確認すると、ルチルは腕からコードを引き抜き接続する。周波数合わせ。出力確認。何度か画面が静電気が走るような音をたて、画面に光が灯り始める。
「さすが、ロボットは便利ダネ」
 看護士がテレビの画面を覗きこみながら言う。一枚ずつ、記憶にあった顔写真を並べていく。五人ぶんを並べ終わるのに、時間はほとんどかからなかった。
「うーん……運び込まれる時にも見たけど、この中には居ナイカナ」
「――え!?」
 そんなはずはなかった。だって、他の生徒達は学校に来ているのだ。この中に居なければ、一体だれがここに寝ていると言うのか。
 それとも、彼は学校の生徒ではないと言うことだろうか。
「でも、今の五人が学校で無断欠席してる子達の中で連絡が取れない子達なんですが」
「……でも、貴方の学校なのは間違い無し」
 と、背後でもぞりと動く気配がした。
 驚きに振り返ると、寝ていたはずの彼が上体を起こしルチルを見ている。
「あ」
「……」
「アラ、おはよう。気分はどう? どこか痛いところは?」
 看護士は、すっと視線をさえぎるように前にでると、少年の体をチェックしていく。骨折した腕はギプスがはめられ、可動域限界まで伸ばされたマスクの管がピンと張っている。
 看護士を一瞥すると少年は、またルチルを見る。包帯でゆがめられた視線が、まるでにらんでいるように思えて、ルチルは思わず一歩後退った。
「なんで、保健の先生がいるの? ここ、病院?」
 その声は、しわがれてマスク越しにも病的に聞こえる程だった。
「え、ええ。ここは病院だけど。貴方のお名前は?」
「……」
 少なくても自分を養護教諭というのだから、やはり学校の子なのだとルチルは安心する。あとは、名前さえ確認して連絡がとれれば……。
「何で、いるの? ここ病院でしょ?」
 言葉の端に悪意のこもった声。ルチルは、その声に体を振るわせた。
「他の、先生方の手があいてなくて。ちょうど近くにいた私が――」
「なんで!」 
 と、いきなり金属音が部屋を埋め尽くす。
 動きは一瞬。まるで、今まで寝ていたのとは思えないような動きで、彼は飛び跳ねた。マスクを引き剥がし、腕に付いていた点滴の針を引き抜き、はだしのまま彼は走りだした。
 驚きに反応できないルチルの横を、走りぬける瞬間、力いっぱい腕で押される。バランスを崩し、視界が倒れていくなか看護士が少年を捕まえようとして失敗したのが見えた。
 扉が力いっぱい開けられ、はだしでリノリウムの床を叩く水っぽい音が小さくなっていく。
 部屋の天井は薄暗く、外された点滴がキィと金属音を立てて軋んだ。

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