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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 真っ暗。
 感覚という感覚の全てがフラットになり、そこには何も無いのだと勘違いしてしまいそうになる。差があって始めて意識できるから、フラットになった感覚は何も体に伝えてはこない。
 一体自分が何をしてたのか、何をしたかったのか、ソレよりもなんだったのか、考えれば考えるほど、まるで煙を掴むように答えが拡散していく。
 だから、考えるのを止めた。
 重苦しくつぶれる音、体の中から伝わってくる音というよりは振動。波になって体中を伝わり、ほとんど動かなくなった感覚機構の裏側を撫でて行った。
 そういえば声は。
 届いたんだろうか。
 

 
 衝突した瞬間の音は、それは人間を引いた時のあの腹と脳みそに響く音ではなく、もっと硬く悲鳴のような音だった。
 まるで、声が出せない者達が代わりに上げた物のように。
 ブレーキ音に続くのは、タイヤがアスファルトの上を滑る音。そして、なにか硬い物を巻き込み、車体と車輪の間で悲鳴を切りつけていく。
 車が、そしてはさまれた「何かが」悲鳴を上げてるように聞こえた。
 ブレーキでは速度がすぐに落とせず、車は数十メートルという長さを滑って行った。金切り音を引きずり、タイヤを摩擦に削り、ゆっくりと速度を落としトラックは止まった。
 血の匂いの代わりに、ゴムが焼ける匂いと。
 ロボットの関節を浸している、潤滑剤の匂いがした。
 最初に看護士が走り出した。彼女が居た場所から、車が止まった場所まで距離にして数十メートル。まるで道しるべのように、道路にタイヤが削れた後が残っている。そこを、彼女は走り出す。
 すぐ傍で、座り込んだ生徒は、手を突き出したままの形で放心していた。騒ぎを聞きつけて住民が顔をだすまえに、とおりを走っていた車が数台とまり運転をしていた人間がわらわらと集まってくる。
「センセ!」
 看護士の叫び声だけが、嫌にはっきりその空間にこびりついた。悲痛というより必死で、そして病院関係者特有の、欠片も諦めの無い力強い呼びかけだった。
 何があったのかと問う声に、答える声が返り、悲鳴に近い声と、嘆きもにたため息が混ざり、そこに野次馬の興味本位な言葉がまざって不愉快で極まりない事故現場の空気が形作られていく。
 主は不在。
 故に回り続ける。
 先へは進めず、その場を回る。
 淀んだ時間の中で、主はアスファルトに擦られ。
 他は回り続ける。
 だから――
 空に黒い点があるなんて、誰も気がつかなかった。
 
 風を切り、黒を基調としたメイド服をたなびかせ、最短で最速一切の無駄がない円弧を描き黒い塊がやってきた。
 人だかりは、車から一回りはなれて辺りを囲むように出来ていた。その中央に、黒い影が爆風を伴って着地。
 しかし足跡一つ立てず、聞こえたのは風の音ばかりだった。驚きが一気に人だかりに広がって行くなか、メイド服の女性はゆっくりとタイヤを覗きこんでいる看護士へと歩み寄って行った。
「ナニ?」
 影に隠れて、人がたったのだと彼女は振り返る。その視線の先には、逆光になりシルエットしか見えないメイドがいた。
「下がってください、ルチル様を救出いたします」
 有無を言わさないメイドの姿に、看護士は下がる。ルチルの腕が、タイヤの裏側から見えていた。大きなトラックではなかったが、タイヤは乗用車のフタ周りも大きい。巨大なボルトで固定されたタイヤの向こう、ルチルの体から流れ出した潤滑剤が広がっていた。
 おもむろに彼女はタイヤを両手で掴むと――
 
 引きちぎった。
 
 鉄の千切れる音は、聞きなれない破砕音となって耳朶を叩く。空気そのものが揺れるような、重くるしい何かが千切れる音。
 そして、メイドの手には軸から千切れたタイヤがあった。
 おもむろにタイヤを地面へ転がすと、メイドは支えを無くした車を腕一本で支える。そのまましゃがみこむと、車の下へもぐりこんで行った。
「ルチル様」
 彼女の目の前には、胴体の半分をめり込ませたルチルがいた。思ったより損傷が少ない。頭部はほぼ無事なのは奇跡だろうか。と、四つんばいの格好で、メイドが地面に手をつくと、手にルチルの体から流れ出した潤滑剤がついた。
「なるほど、潤滑剤がタイヤを滑らせて回転はすぐに止まったということですか。しかし――」
 ソレほどの奇跡がおきていても、彼女の体を全て引き抜くことは不可能にみえた。片足は、既に形を無くし軸に巻き込まれ、胴体の半分がありえない方向へ曲がっていた。
「よく、頑張られましたね。しばしの辛抱です、必ず」
 彼女は呟くと。目を閉じて動かないルチルの顔を掴んだ。
「失礼します」
 そして彼女は、ルチルの首を胴体から引きちぎった。
 

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