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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 悲鳴。喧騒の中に混じったそれは、メイドに向かって投げつけられていた。
 事故車の下からはいでた彼女をみて、周りを取り囲んでいた野次馬達が声を上げる。
 それも仕方が無い、なにせ彼女の腕には先ほど車に巻き込まれたロボットの首があるのだから。
 
 抱くようにしてルチルの顔をかかえると、メイドはそのまま座り込んでいる生徒の前へと歩み寄っていく。まるで恐ろしい物が近づいてくるいうような顔で、彼はメイドをみる。彼女の服は、泥と油と潤滑剤にまみれ、その姿は最初に見た気品に溢れる姿とはかけ離れていた。
「ひ……」
 目の前に立ったメイドを見上げ、生徒は短く悲鳴を上げる。対し、見下ろすメイドは無言無表情。ただじっと彼を見下ろしていた。
「……ご」
 その姿を、集まっていた人間全てが見ていた。
「ごめんな、さい」
 生徒の短い言葉に、メイドは目を伏せる。
「ロボットは事故にあっても、例えそれが故意でも器物破損の罪にしかなりません。持ち主が存在する場合、損害賠償を求められることはあっても、殺人とは根本的に罪が違います」
 メイドは、淡々と生徒にむかって言葉を並べていく。その声に感情はなく、ただ事実だけを述べ続けるその言葉は、否応なく頭にしみこむ物だった。
「私達には人権がなく基本的にはただの商品ですが、それでも思うところはあります。もし、貴方が何もおっしゃらなければ、私は貴方を殴り飛ばしていました」
 感情が読み取れ無いその言葉は、逆に恐怖をあおる。生徒は涙目でメイドを見上げ、何も言えず震えていた。
「失礼します。警察には既に報告済みですので、現場の保存は必要ありません。法的処置については、また後ほど」
 メイドは振り返り、車から降りてきた運転手に言う。
 あっけに取られた運転手はただうなづくだけで、飛び去って行くメイドに何も言えなかった。
 

 
 停止している自分を自覚することが出来ず、個を特定するすべがなくなった。
 ゆっくりと、虚無へ溶けていくような恐怖と安堵のまじった感覚。
 思い出したかのように上がる電圧に掘り起こされた記憶は、夢に似たような何かだった。
 定期的に出る信号が、断線を伝えている。揺らぐような感覚だけが取り残され、微かに波紋をつくっていく。
 まるで船の通ったような轍。方向性のある波はどこへ向かってるか判らないが、ともかく一瞬の揺れとしてその姿を見せる。
 仰向けに、水の上に浮かぶイメージ。しかし浮力は少なく、次第に自分が水の中へ沈んでいくような感覚。恐怖と期待に満ちた、あの感覚。
 どうかソレが消えないように、ルチルは願う。
 あいまいで、嘘だらけかもしれないその感覚も、間違いなく自分の感じた感覚なのだと。
 


 バックアップ完了までに、重度の電圧低下が五回。衝撃による、物理的損傷による破損が一〇%を越えて、なおそこに存在している。
 それは、ありえないと言っていい奇跡の結果だ。
 都紙博士は、無言でそのディスプレイをにらんでいた。映し出されているのは、真っ黒な画面に揺らぐ波紋のような物。
 博士の後ろで、メイドもただじっとその画面を見ていた。
「ありえないカね?」
「通常でしたら、計測ミスを疑うべきです」
「夢も希望もない答えダ」
 何が面白いのか、博士はくつくつと笑う。目の前で、まるでその笑いに反応したかのように波紋が揺れた。
「ですが、計測ミスの確立は既に一六徳(りっとく)未満にまで減らしました。結果がありえる可能性は、やく三刹那(せつな)未満。十分にありえる可能性かと存じます」
「ずいぶんト、君らしい予測だね」
「恐れ入ります」
「じゃぁ、決定だね。ルチル君には――」
 一息。
「意志がある」

 ロボットには、基本的に意識と言う物は存在しない。と、思われている。電子脳は高度な精神活動を可能にし、偶然の産物にしてはありえない精度で人間と同じ感情のシミュレーションをやってのける。揺らぎもある。だが、ロボットは体の特性からか、人間と同じような意志が発露しないとされていた。
 いわば、高度知性体としての精神活動ではなく、どちらかと言えば犬猫に代表されるような精神活動レベルだと思われている。言葉が操れるペット、といったところだろうか。動物が言語を操れば、それは一度に進化を促す可能性をもつだろうし、生態脳はソレだけの可能性をひめている。だが、電子脳にそれはない。ロボットは、高度な精神活動を行うことができない、そう結論付けされるのだ。
 博士の目の前で波が揺れている。
「前の情報を重ねてくレ」
「はい」
 返事と同時、目の前のディスプレイに表示されていた波が二つになった。
 一つは綺麗なサインカーブを描き連続しているが、もうひとつはもっと複雑で二度と同じ波の形には戻らない。
「進化、いや変化かネ。どっちでも大差はないか。ともかく、早いところルチル君の体をもどしてあげよう」
「はい」

 二人は振り返る。
 其処には、無機質なベッドの上に寝かされたルチルが居た。既に体は換装を終えているようにみえ、首もきっちりと元の位置に戻っている。
 が、顔の表面はそのままだったのか少し傷がみてとれた。
「さて、コこからが大仕事だ」
「問題ありません」
 同時、辺り一面に文字が流れ始めた。
「ユニークナンバーの解析は終了しております。エンコードして、登録しなおせば問題はありません。量子プロテクトのかかった固体周波数域の割り出しは現在八〇%を終了、コチラも時間の問題です」
「まるで、不正入国のお手伝いと言ったところだネ」
「病院で正式な手続きを踏んだほうがよろしかったでしょうか?」
「いヤ、そんなのは――」
 博士は顔をあげ、メイドを見た。
「もったいナいじゃないか」

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