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連載小説「保健室のロボット先生」

LOG

 学校に戻る道すがら、ルチルはクルマを病院において来た事を思い出した。
 学校の帰りに車を取りに帰るのも面倒だと、彼女は諦めて道を引き返す。
 既に昼過ぎでもなくなり、日は傾き始めていた。
「あ、携帯電話……」
 とりあえず連絡を取ろうと、ルチルはポケットに手を当てて携帯が車に巻き込まれた
ことを思い出す。

 仕方が無いので、自分でネットワークへと接続を開始する。
 電話回線は、基本的に暗号化されているので回線用のチップをもっていないルチルは、ネット回線へしか接続ができない。無線の回線を探して間借りすると、いそいそとルチルはメールを送る。
 生徒の事と、事故の事、その処理について。
 ルチルはメールを送り終わると、すぐさま駆け出す。足取りは軽く、今までのように熱量に悲鳴を上げる事が無い。まるで体操選手にでもなったような気分だ。
 出力系を抑えたのにもかかわらず、体の調整はやはりいまだなれ無い。ともすれば、アスファルトに足跡をつけてしまう可能性すらある。
 恐る恐る足を進めながら、ルチルは病院に向かって走り続けた。

 夕方一歩手前というあたりで、病院の前につく。既に日は翳り始め風は冷たくなっていた。夕日になる前で、空の色はまだ青く雲がゆるい風にふかれていた。
 輪郭を色濃くした病院の前を通ると、昼に見た時と同じくロビーには人が溢れている。この小さな町の総合病院はここ一つだから、仕方が無いと言えば仕方が無い。
 ふと、生徒の事がきになってルチルは病院のドアをくぐった。
 ドアが開くと同時、暖かい空気が流れ込んでくる。ソレと同時に、ロビーの喧騒もながれてきた。数時間ぶりに嗅いだ匂いのなかを、ルチルは受付へと向かう。
「あの」
 受付に座っているロボットはルチルを確認すると、一礼をする。
「一宮様でしたら、病室が移られてコチラになっております」
 病室は本館の三階。
 ルチルは礼をいうと、歩き出した。エレベーターは使わず、階段を登る。出来るだけ自分の体を動かしておきたかったのだ。
 少し冷たい空気が流れる階段を、ルチルは登っていく。今までのような苦労もなければ負担も無い、この体がなんだか自分の体には思えなくて少しだけ不安になる。
 足音のつめたさが、不安をさらに加速させていった。
 
 一宮の名札を個室にみつけ、ルチルは部屋の扉をノックした。
 軽い音につづいて、はいと言う返事が聞こえた。中にはいると、そこにはベッドに寝かされた一宮の姿がある。上体を起こし、頭には軽く包帯が巻かれているが顔色は良かった。うつむいていて表情は見えないが、
「あ、先生……」
「大丈夫だった?」
 危うく死にかけたというのに、ルチルは全くそんなことも感じさせない軽い言葉をかける。
「あ……その。はい。検査結果待ちです。でもお医者さんは、たぶんなんともないだろうって」
 その言葉をきいて、ルチルは心底安堵したため息をついた。
「よかった」
「先生、先生は……」
 一宮はうつむいたまま、呟く。
「先生は、大丈夫なんですか?」
「え? あ、あぁ。うん、私はロボットだしね。体は新しくなっちゃったけど」
 ルチルの言葉に、一宮は事故の事を思い出したのか体をこわばらせた。
「ねぇ、どうして逃げ出したりしたの?」
 ルチルの質問に、始めて一宮は顔を上げる。その目は、後悔の色に塗りつぶされていた。言いたくないのか、ゆっくりと彼は首を振るとまたうつむいてしまった。
「保健室にいって、代理の先生となにがあったの?」
 一宮は、力いっぱい首を振る。絶対答えたくない、といった感じで彼は目を瞑りうつむいた。
 かたくなな態度に、ルチルはため息をつく。
 きっと、言いたく無い事なのだろう。彼の気持ちは誰も判らないままかもしれない、いくら聞いても答える事は無いだろうし、真実は既に手に入らない。
「私はそろそろ、学校に戻るけど」
「あ……」
 少しだけ残念そうに一宮は顔をあげ、何かを言いかけた。が、言葉は続かず無言だけが辺りに広がっていく。
「ん?」
「……その」
 一宮は、布団を握り締めていた。
「その……、先生。ごめんなさい」
「ううん。気にしないでいいのよ。でも、人にやっちゃだめだからね?」
 無言で頷く一宮を確認して、ルチルは踵を返した。
「じゃぁね」
 扉が閉まる音を背中で聞いた。
 
 結局、気になってきいた代理の養護教諭の話しをきいても一宮の真意は判らなかった。
 保健室にはいり、ルチルがいないことをきくと、普通に出て行ったそうだ。そのなかで、彼に何があったのか、ルチルには判らない。
 下校時間を告げる鐘の音を聞きながら、ルチルは保健室のいつもの机の前に座って校庭を見ていた。
 部活動も既におわり、既に日が落ちた校庭は真っ暗で何も見えない。体のパーツがよくなっても、顔のパーツはかわっていないわけで、視界はいつもどおり不鮮明なままだ。
「ルチル、いるー?」
 扉がノックされ、ルチルは振り返り返事をする。扉の向こうから顔を出したのは秋末。疲れきった顔で、彼女は保健室へはいってきた。
「あ、お疲れさま」
「まったく、いい迷惑だわ。一日中引っ掻き回されて」
「ねぇ、何で一宮君は、学校から逃げ出したんだろう。なんで、私にあって逃げたんだろ」
 ルチルの言葉に、秋末は目を丸くする。
「はぁ? そりゃ、あんたに会いにきたのに居なかったから拗ねて逃げ出したんでしょ。でも病院にきて、今更って怒ったんじゃないの?」
「……」
 次に目を丸くしたのはルチルだった。
「……あー、あ。なるほど」
 最終下校時刻を告げる鐘がなる。
 真っ暗な校庭に響く鐘の音に、かすかに窓が揺れた。
 

 
 了
 最終回です。
 読了ありがとうございました。

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