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「手綱」「困惑」「閉塞」

 朝焼けの空を見上げて、鉄譲(てつじょう)は寒さに体を震わせた。マフラーから出た肌が、一気に外気に当てられて体中が冷えるような冷たさに、彼は身を縮める。
 その動きで、温まった空気が上着から逃げ出し一瞬で体が冷えた。その寒さに、鉄譲は顔をしかめて歩き出した。
 世界は停止している。
 青か紫か、どっちつかずだがどっちについてもあまり代わりのないような空の色に、世界が青く染まっている。吐き出した息も白く、ドコを見回しても温かみのあるものなんてなかった。鉄譲は、鈍色に沈む街の中を一人歩いていく。躊躇いもない彼の歩みは、ある種機械的で無機質な印象すら受ける。それほどまでに、迷いもなく淡々と彼は道を歩いていた。
 鉄譲は歩いている。

 まるで決められた道を進むロボットのように。といっても、彼本人がそんなことを考えているわけではなかった。
 ただ、彼は出たかった。
 この街から。
 誰も住んでいないこの街から。

 太陽は上がらない。朝焼けのあの場所で停止し、それ以上下がることも上がることもないのだ。鉄譲は、一度も天高く上った太陽というものを見たことはないし、月が空にあるのも見たことがない。あるのはこの朝焼けのあやふやな空だけだった。
 同じ場所を、ぐるぐると。街の外周を回るように歩いている。
 彼は街の内側と外側を見比べて、眉をしかめる。嫌になったというような表情で、彼は足を止めた。
 まるで首輪をつけられた犬が犬小屋を回り続けてるようなイメージ。
 街の中心からそれ以上離れられない。その事実に、彼はため息を一つ。白い息だけは、自由に街の外へと流れていった。
 それがなんだか羨ましくて、彼は一度だけ手を伸ばす。
 けれど足は動かなかった。
 ふと、後ろから足音が聞こえて視線を向ける。
 
 自分より少し背の小さい青年がは知っているのが見えた。走り続けているかれを、コレで何度見ただろうか。首をかしげるが、会話をしたことがないので聞いたためしもなかった。
 鉄譲は通り過ぎていく少年を見送って歩き出す。
 迷いなく、よどみなく、先へ突き進む姿を見送るとまた静寂がやってくる。
 街は静かなまま停止、自分は永遠に前に歩くことしかできない。なんともいえない事実が、それこそなんともいえない感情になって渦巻く。
 打破できる何かがあるわけでもなく、ただ歩く。
「ああそうか」
 歩くことしか許されてないのだ。
 だから、自分は歩き続け。疑問を覚えても足を進めるほかなく、そしてそれ以外に出来ることはない。
 停止した街の周りをただずっと、いつ終わるとも知れない先へ向かって歩く。
 
 前を、歩いていた男が見えてくる。
 自分を走りぬいていった少年ではなく、もう一人の男だ。彼とも鉄譲は何度もあっていた。だが、やはり話したことはない。
 走っている少年とは、話す時間がないが、彼となら話せるかもしれない。そうおもい、鉄譲は声を掛けようと手を上げた。
「なにかようか?」
 しかし、逆に向こう側からさきに声をかけられ、あわてて鉄譲は手を下ろす。驚きもあったが、向こうもこちらが来るのを待っていたふうでもあり、動揺は隠せただろうと鉄譲は心の中で呟く。
「え、あ。いや。良く見かけるので、きになりまして」
 敬語は便利だ。少しでもへりくだって相手に声をかけるだけで、相手との距離をはかりながら会話することもない。先に自分を下に落とす技術。そして、下に落とすことで自分は安全圏を手に入れることができる。
「……見かけるのは当たり前だろう? なにせ、同じ場所を回っている。当然だ」
 自分より少し年上だろうか。頭に白髪が見え隠れしている。上からモノを言う態度に、一瞬かちんときたが、鉄譲は愛想笑いと浮かべてへへへと答えた。
「そりゃまぁそうなんですが」
「なぜ、話しかけた?」
「……は?」
 話しかけたのはそっちだろう、そういいそうになって、あわてて言葉を飲み込む。
「あ、いや。たしかに話しかけようとしましたが」
「だから、なぜ話しかけた」
「……気になったから、ではいけませんかね?」
 相変わらず顔に愛想笑いを張付けたまま、鉄譲は呟く。すこし、頬が引きつってる気がしたが、もうそれを気にしてる余裕はなかった。
「なぜ今更。話しかけるならいくらでもチャンスはあったのに、なぜ今なんだ」
「いいぇ、なんとなくなんですが……」
 鉄譲の言葉に、男はあからさまに落胆したため息をつく。
「なぜだときいてる」
「寂しかった……からとか?」
「話し相手が居なくて、寂しかったか」
 かもしれない。
「それとも、つらかったか」
「……」
 そうかもしれない。
「ただ逃げ出そうとしてるだけだろう?」
 逃げるという言葉に、反射的に言葉がでる。
「逃げるのはいけないことですか?」
 自分の言葉に驚く鉄譲、けれどその言葉もわかっていたといわんばかりに男はため息を吐いた。
「悪くはない。逃げるからこそ、動きが生まれる。痛いのがいやで逃れる。寂しいのがいやで寄り添う。納得がいかなくて手を尽くす。なにもかも、悪くない。誰もとがめることは出来ない」
 けれど、と男は言う。
「それは、悪いと認識できてるからだ。今が寂しいということは、寂しくなかったことがあったということだ。すべては差で出来ている。だから、逃げようとしたということは、先を知ってるということに他ならない」
「……はぁ」
 何を言っているのだろう。いぶかしんで眉をひそめる。口元をマフラーにうずめ、鉄譲は男の言葉が行き過ぎるのをただまとうと決めた。
「お前は先をしらない。なのに先を知らずにそれを望んだ。それは逃げではなく、無理解。何も判っていない」
「……」
「そら、やってくる。あの子供のほうが、お前なんかより幾分もましだ」
 走り去っていった少年が、街を一周したのかまた後ろから追いついてきた。
「なにを……私は別に。逃げてなんか」
「逃げられやしない。永遠に。回り続けるだけだ」
 少年が走り去る。目の前を横切った時、がちんという硬質な音が聞こえた。
 どこか遠く、鐘が鳴り響き始めた。
「私たちは、大元でつながっている」
「……」
「何も、寂しがることはない」
 返事をせず、鉄譲は歩き出す。また同じ場所、同じ方向を。鐘がなっている。
 十二回ぐらいなったところで、鐘の音は止まった。鉄譲は歩き続ける。街からは、多分出られない。







時計

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