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「障害」「不安」「一蹴」

 人がいる場所に静寂が落ちると、床の辺りからじわじわと違和感が溜まっていく。否応なく緊張させられるその違和感が、ついに喉元までせり上がりこらえきれずゼシドは咳をした。
 響いたその音に、息を呑むような悲鳴が上がる。
 建物の向こう、車と人ごみの音が聞こえている。あとは、ゼシドの弟分ともいえるピーズが神経質そうに叩く床の音だけだ。
「ピーズ、貧乏揺すりはやめろと何度言ったら判るんだ」
 ゼシドの言葉に、ピーズはびくりと身をこわばらせると、すぐに直立不動になった。高級そうなソファにピーズの巨大な尻のあとがついてるのをみて、ゼシドは笑いをこらえる。
「けど、兄貴」
 全てにおいて二人分といったピーズは、大きな腹を揺らして口答えをしようとする。
「イライラすんのは判るが、――ほれ」
 そういって、片隅を顎で指した。
「人質がびびっちまうだろう」

 肩に担いだ突撃銃を、慣れた手付きで手元に戻すと腰をかけていたカウンタからゆっくりと立ち上がる。ピーズとは対極に細い体で、大きな銃を軽々と持ちあげあたりを見回す。銀行のロビーの片隅には、従業員と客が一まとめにされて座らされていた。昼時で客は少なく、従業員も昼休みで半分以上ではらっていた、ロビーを埋めるほどの人間はおらず、全員が腕足すべて縛り上げられていた。
 カウンターの前に並ぶ待合ようのソファの手触りを楽しみながら、ピーズは大きな体を揺らしてゼシドのほうへと歩いていった。
「でも兄貴、人がいなくてついてましたね」
「バカタレ」
 ピーズの軽口に、手近にあったポケットティッシュを投げるゼシド。軽い音がして、ピーズの腹に当ると、そのまま床に転がった。
「えー」
「お前が寝坊しなけりゃもっと上手く言ってたんだよ。そら、みやがれもう警察のやつら包囲を開始してやがる」
 言われてピーズがシャッターの降りた窓の隙間から、外をうかがう。細い隙間から漏れる日の光に目を細めながら、ピーズは外の通りに並ぶ車の列を見つけた。
「兄貴、警察が!」
「だから、さっきからいってんだろ!」
 飛んできたのは、灰皿。綺麗な放物線を描き、ピーズの頭に直撃する。相変わらず軽い音がして、ピーズは一瞬バランスを崩す。
「いてー」
「ま、いいさ。どうせ正面きって逃げるつもりなんかねぇし。フムン……しかし、早すぎる気もする」
「そうなんですか?」
 ピーズの言葉を無視して、ゼシドはカウンターの向こう側に座っている受付嬢を見下ろす。
「まだおわんねぇの?」
「は、はい! もうすぐですので、おまちくださいっ」
 こんな時でも接客態度を崩さない受付嬢に、関心しながらゼシドは彼女が詰め込んでいく金の束を見た。
 ――わざと遅らせてやがる。誰の差し金だ?
 一瞬、視線をめぐらせるがそれらしい人間は居ない。一まとめにした人質は、目隠しと猿轡をし、腕と足を縛り、全員を結び付けてある。腕を上げれば誰かの首が絞まり、逃げ出そうと足を伸ばせば、どこかで倒れる人間が出る。逃げ出すことは簡単だが、少なくても一人逃げ出す間に、残り全員を始末することができる。人質に対しても人質なのだ。それに見も出来ず言葉もだせぬ状態で音だけ聞いていれば、恐怖は否応にも高まる。この状況下で鉄があげる摩擦尾音を聞けば、平静でいられる人間は一握りだろう。感謝するは、平和ボケした彼らの生活とソレを作り上げた政府。
「兄貴ー、腹へったんだけど」
「バカタレが」
 手近に何もなかったので、モノは飛ばなかった。ため息混じりに、もう一度周りを見渡すがやはり、受付嬢になにかを伝えられそうな人間はやはりいなかった。
 まだ金は積み込み終わらない。鞄にはまだ隙間がある。イラきついでに、カウンターをけりつける。人質の集団がびくりと反応するのをみて、少しだけゼシドは溜飲が下げられた。
「兄貴、包囲おわったみたいですよ」
「そうか。おい、嬢ちゃん。もういいや、それで」
 その言葉は予測できてなかったのか、一瞬呆けた顔で女性はゼシドを見上げる。
 ――ああ、そういうこと。
「いいね。聡い女は嫌いじゃない。勇気も認めよう」
 言いながら、ゼシドはゆっくりと銃口を持ち上げていく。
「お前、わざと金を入れるのちんたらしたな」
 反応はない。が、口を一文字に引き結び、じっとゼシドを見上げている。
「兄貴? 急がないと」
「てめぇそこらへんのバカと同じにしたな? 欲にかられて、逃げ時を間違うようなバカと。残念だったな。おとしまえはつけてもらうぜ?」
 言いながらゼシドはセーフティーの外れた銃のトリガーに指をかけた。
「兄貴!」
 じっと、女性はゼシドをみていた。試しに、指に力をかけるゼシド。トリガーの軽い乾いた音がする。まだ発射されない。けれど、あと数ミリで銃は反応するだろう。
 しかし、彼女は微動だにせずじっと見上げているのだ。
 ――へぇ。
「行くぞピーズ!」
 鞄をおもむろに持ち上げると、ゼシドはカウンタから飛び降りる。銃口は外さない。
「いいね、あんた。足りない分は今度取りに来る」
 ソレだけを言うと、ゼシドたちは走り出す。出入り口へとぬけ、彼らはロビーから見えなくなった。正面からいかないといっておきながら、彼らは正面の出入り口へと走り出したのだ。
 一瞬訝しげに見送った彼女だったが、緊張に足が震え歩けなかった。大きなため息を吐いて、心拍数を落とそうとする。まだ警察は踏み込んでこない。

 どれだけの時間がたったか。
 呼吸の数などとっくに忘れ、気がつけば体中がこわばっていた。
 受付カウンタの前で座っていた彼女は、そのままの姿勢のまま、乗り込んできた警察の姿を見た。催涙弾を投げ込み、いっせいに入ってきた警察はソレこそ死の軍隊のようにすらみえ、煙の向こう薄れ行く視界のなか、彼女は心の中で唾を吐く。ガラスを割りやがって、と。

 ◇

 結局のところ、あの二人組みが捕まったという報道は見なかった。一体どうやって逃げ出したのか、そんなことは彼女にとってどうでもよかった。
 自宅でのんびりと出社する用意をしながら、部屋の片隅においてある物をみる。
 いつになったら、残りの物は取りに来るのだろうか。
 自分がトロイせいで、迷惑をかけた。
 邪魔だから早くきてほしい。そんなことを考えながら、あくびをする。
 札束の山は、部屋には似合わない。

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