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「返礼」「帰還」「変化」

 土臭い匂いに、シランは空を見上げた。風が吹いたのだと気がついたのは、自分の髪の毛が視界の端っこで揺れたから。
 夜空を見上げても、いつものように淀んだ空気が星空を隠している。風がなく、淀んだ空気の層は灰色になって空に溜まっている。雲といえば雲。しかし、確実に雲のような美しさはないそれは、ただの層だ。
 シランは久しぶりに感じた風に、息を大きく吸い込む。もう誰も居ないこの街で、彼は一人深呼吸をした。

 世界を捨て旅立った人々とは別に、残った人間も居た。
 この世界はもうだめだ、そういったわりには結構自分は長生きしてるし、世界が何も変ってないことにシランは首をかしげる。難しいことは判らない、けれど任された仕事があっることだけは確かだった。だから、いつものように廃墟にしかみえないビルの中に足を運んでいく。彼だけが、同じ場所を歩くのでその廊下にだけは埃が少ない。まるでその場所を通ってくれといわんばかりに元の色を保った廊下をシランはとぼとぼと歩く。廊下はまだ開けていて、その場所から空が見えた。思わず立ち止まるシラン。
 相変わらずビルの色と同じ灰色をしている。風が吹いた気がしたのだけど、気のせいだったらしい、彼はため息を一つ、また歩き出した。
 寂しくないといえば嘘だとおもうし、かといって辛いかといわれればそうでもない。かすかに腹の底辺りにわだかまる倦怠感は、体中から力を奪っていくがそれで動けなくなることはない、シランはそのことを知っている。

 いつものようにいつもの道を。
 階段を降り、空が見えない地下へ。嗅ぎなれた地下室の匂い。鉄錆と腐りかけた水と。配線が起こしたショートで出てくるイオン臭。それと、シオン自身の匂いだ。
 扉を力いっぱい押す。ちょうつがいは毎日使われているというのに、今日も軋みを上げて抵抗を試みる。けれど結局シランの力に負けて道を譲った。
 同時、部屋に薄明かりがついた。
 大人二人が手を広げたら壁に当るぐらいの大きさの、小部屋には壁がなかった。代わりにあるのは一面を埋め尽くす計器とディスプレイ。このばしょに、内壁はなかった。天井にも計器とコードがのたくり、床はコードに埋め尽くされていた。
 
 怖気ずに、シランは速度を落とさず部屋の片隅に向かった。その場所には、小さな入力デバイスが一つ顔を出している。その場所に手をのせると、すっと薄暗かった部屋に色がさす。ディスプレイがすべておともたてずに光をともしいく。まるで光の波のように部屋全面に広がったそれは、おちつきを取り戻すと次々に情報を流していく。
 その座る場所もなく、おともないディスプレイの光だけが動くばしょで、シランは仕事を始める。
 温度、湿度、水質、気圧、大気構成、地質構成、地殻変動値――、マイクロマシン量。
 ありとあらゆる環境をすべて記録し、並べ整理し比べる。世界はまだ大丈夫か、世界はまだ生きていけるのか、ただ調べ分析する。
 人は居ない。
 シランは残ってこの仕事を引き受けた。こんなことに何の意味があるのか、シランにはわからない。この場所をすててどこかへ行く人たちのことも、シランにはわからない。こんなにも静かで何も変らない世界が壊れるといわれてもぴんとこないのだ。
 そして、出てきたデータもそんな未来は待っていないとばかりにいつもどおりの数字をたたき出す。
「異常なし、か」
 シランのことばに、反応するようにディスプレイの中の映像が揺れる。それが面白くて、シランはくすりと笑いを漏らした。
 波打つように、部屋のディスプレイ全部が揺れだす。まるでシランの反応を喜んでいるかのように。
「ん?」
 ディスプレイに、蓄積してきたデータからの予測結果が吐き出されていく。
 そこに変化があった。緩やかなカーブではあるが、世界に温度が戻ってきていた。流れる予測結果は、いつものように先十年で止まる。しかし、緩やかなカーブがこのままどうなるのか、その結果は十年ではわからない。グラフは、微妙な変化にとどまっている。
「予測データの幅を増やせば――」
 腹の奥底に溜まった倦怠感はなくなっていた。代わりに湧き上がるような熱い何かがこみ上げてくる。
 今まで滑らかに動いていた指先は、やったことのない走査のため心なしか震えている。緊張か期待か、それとも恐怖か。判ってるはずの操作を繰り返し、ゆっくりと数値を変えていく。
 グラフが未来を指示め始めた。ゆっくりと伸びていく曲線は、確実に世界が変っていくという未来を指し示している。
「すごい……」
 既にこの場所でたった一人のままどれぐらい立ったか、シランはもう忘れた。しかし、気の遠くなるほど長い時間だったのだと、この場所がそして胸の底からわきあがる熱さが語っていた。
 思わず立ち上がり、ガッツポーズをとる。実際この荒廃した世界にたいしてシランが直接何かをしたわけではない、むしろ彼はただ諦観していただけだ。けれども、それでもやはりうれしかった。
 とっくに死んだのだと思っていた。世界は既に停止したのだと。しかし、世界は生きていた。この目の前の数字が何よりの証拠だった。
「急いで連絡をしないと……」

 ◇

 空は、風がなく空気が澱んでいた。灰色の夜空には星の小さな光は隠れて見えず、雲ひとつない。澱み、停滞した濁りのような層。
 ゆらりと風がゆれる。頬に当るその風にシランは顔を上げた。あの日固着していた世界が動き出したひから、世界は何も変っていないように見えた。しかし、間違いなく予測データと同じ線をたどり、世界は動き始めている。実際実感するには後どれほどたてばいいのか、気が遠くなるほどの時間が必要だろう。だが、シランはまったく絶望せずにその空を見上げている。
 きっといつかあの空も動く時がくるのだ、と。

 と、いきなり世界を打ち付けるような重く響く音が轟いた。
「な、な!?」
 静かだっただけに、耳がついてこない。驚きに、シランは地面に倒れこむ。もしかしたら世界が終わるのか、そんな恐怖にかられ彼は地面にうずくまる。
 連続する重たいおとは、遠く空の上からきこえてきている。
 ――そんな、折角未来がみえたのに。
 泣きそうになりながら、世界の終わりをみつめようと顔をあげて瞬間だった。

 空が割れた。

 灰色の空を切り裂き、夜空を彩る星がかおを出す。目を見開き、空を見上げたシランの視界に、巨大な質量をもった何かが降りてきている。
 いくつモノその黒い塊をみて、シランは思い出す。
 ――船だ!
 そう、居なくなった人間がのっていった船だ。あの日、世界が壊れると此処をすて、居なくなるときにのっていった船だ。
 驚きとよろこびに、シランは手を広げて叫ぶ。自分はここにいると、聞こえるはずもないのに、ここにいると、皆が帰ってきてくれたと彼は純粋に喜び手を振り上げた。
 まるでソレに気がついたように、船から光が放たれた。
 ちかちかと、まるで歌うように船がひかりだす。
 ――未来だ!
 シランは手を振って叫ぶ。

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