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連載小説001

 家に帰ったら、誰も居なかった。
 美甘・興(みかも・こうすけ)は首をひねって自分の家を見渡す。いつもは騒がしいとまでは言わないが、それでも専業主婦をしている母親が居るはずで、母にしかなついていない犬のベーコンが騒がしく吼えているはずだった。
 散歩でもいっているのか、そうおもい興はことさら深く考えないまま家の階段を登っていく。築が自分と同い年の家の階段は、すでに家族に踏み続けられて軋みを上げるようになって久しい。肌にじっとりと張り付いた服が気持ち悪くて、足早に階段を登ると自分の部屋へと飛び込む。
 目を瞑りたくなるような湿気た熱気に、興はわき目も降らずにクーラーのスイッチを入れる。まだ夏前だというのに、二階の興の部屋は息が苦しいほど暑い。畳の匂いがことさらきつくかんじ、勢いに任せて彼は服を脱ぎ散らかす。
 クーラーの駆動音。少し冷たい風が動き出す。制服のシャツを、剥ぎ取るようにして脱ぐと、興は一息ついたとばかりにため息をついた。

 そこで、やっと異変に気がついた。

「美甘・興君。だね?」
 誰かが居た。上半身裸で、両腕に脱ぎきっていないシャツを巻きつけたまま固まる興。部屋の隅、クーラーの下あたりに胡坐をかいて座ってる人影があった。
 異様な自体に、興は動けない。なぜいるのか、なにをしているのか、だれなのか、いつからいたのか、なにをしにきたのか、誰なのか。ぐるぐると疑問だけが渦巻き、完全に体を動かすことを忘れている。呼吸すら忘れていたのかもしれない。それどころか、心臓すら止まっていたかもしれなかった。
「あー、そんな露骨に驚かないでくれ。少し用事があるだけなんだ」
 そういって、クーラーの下で胡坐をかいている人影が笑う。その声に、ほんの少しだけ意識がもどってきたのか、ゆっくりと興は視線だけをそちらへと向けた。
 何色か判らない髪の毛の色。部屋のなかで唯一窓がある壁にクーラーがある。ちょうど人影は、暗がりになる場所で興の場所からでは、表情まで見ることができなかった。ただ、声の調子は女性のようだった。凛として、自信に満ち溢れたその声に興は少なからず押される。
「驚かせて悪かった。物取りではないから、そんなに警戒しないでくれ。あと、不法侵入で通報するなら、あと少し待ってくれるとありがたい」
 ゆっくりと影が立ち上がる。その動きに、我を取り戻した興はしりもちをついて後ずさり始めた。
「あ……あ」
 漏らさなかったのは、汗をかいてたからだろうか。そうでなければ、興には失禁してる自信はあった。背中にヒンヤリとした扉の感触。頭の芯まで冷されるような感覚、一気に目が覚める。
「な、なんなんですか!」
「通りすがり。老婆心で世話を焼こうというんだから、少しは話をきいてくれないか」
「いったいなにを」
 相手の言ってることがわからず、興は近くに立てかけてあった物差しを手にとって構えた。引け越しに、片腕にはまだシャツが絡まったままでどう見ても様にはなっていない姿に、人影が笑う。
「やはり、玄関から入ったほうが良かったか。招かれないと家に入れない吸血鬼というのは、ずいぶんと臆病だとおもっていたが、そうでもないのかもしれないね。これほど嫌われては、さすがに私もやりづらい。とはいえ、一から説明する時間もない」
 淡々と、呟く人影はゆっくりと窓の近くへ歩み寄ると窓を開けた。とたん、熱気と共にクルマの走るおとがクリアになって届く。
「ともかく、君は仕事をしてもらわないといけなくなったのでソレを伝えるために、待っていたんだよ。というわけで、仕事の内容はそこに書かれている。見事完遂すれば、家族は帰ってくるっていう寸法だ」
「はぁ!?」
 興の叫び声を無視して、人影は光が当る場所へとでた。何色か判らない髪の毛が、外から入ってくる風にゆらりと揺れる。
 ――女?
 小柄な女性だとわかったしゅんかん、一瞬物差しを持っていた手の力が緩む。
「見た目で判断して、油断する癖は早いうちに治したほうがいい。頑張って鍛えてくれたまえ、ナイトくん」
 そういって、まるで嘘のように女性は窓から飛び降りた。二階だ、きがついて興が窓に走り寄ったときには、既に何もなくなっている。
 見下ろしたさき、ベーコンの小屋が見えた。そして、先ほどいっていた女性の言葉をいやというほど思い出す。
 犬小屋には、ベーコンがつけていた首輪を止めるチェーンと。
 ――見事完遂すれば、家族は帰ってくるっていう寸法だ。
 ベーコンがつけていたはずの首輪がそこにあった。

 上半身裸だというのもわすれたまま、興は飛ぶように階段を駆け下りる。
 もつれた足に引きずられ、上体が倒れかけるが無理やりに体をのけぞらせて体制を立て直す。そのまま母親が居るはずの居間へと駆け込んだ。
 障子を躊躇いもなく引き開け、踏みしめたのは居間の畳。
 テレビが、母が好きな時代劇のビデオを垂れ流している。まるで、先ほどまで見ていたといわんばかりに。ちゃぶ台には、お菓子とお茶。思わずてにとったお茶は、まだ冷たかった。
 傾き始めた日が、赤く染まりだしている。家にはだれもいない。現実を受け止めなられないまま、興は自分の部屋へととぼとぼ歩き出した。
 階段を登り、部屋に入る。窓が開け放しのままで、必死で部屋を冷そうと唸りを上げるクーラー。そしてその向かいにある机の上に、小さな封筒がのっていた。
 先ほどの女性が言っていた仕事。ソレが書いてあるのかと、興は躊躇わずにその封筒を開ける。
「……は?」
 書いてあったのは住所。そして、そこに住む住民の護衛。という簡素な言葉だった。
「……」
 住所が見知っているだけに、興は納得した。
 ――悪戯か。
 同じ高校のクラスにいる女の子をなぜ護衛しなければいけないのか。熱で夢でもみていたらしい。彼はそう判断すると、封筒を机に投げ捨てる。
 きっと母親はどこかに急用ができたのだろう。愛犬のベーコンも、気まぐれで家出したに違いない。姉と兄思い出して、もとから実家を出ている二人がいるわけもないと思い直す。
 今は、ともかく着替えよう。自分の考えに頷くと、興は脱ぎかけていたシャツを部屋の隅に放り出した。

 ◇

 結局、母親も父親も、そしてベーコンも帰ってこなかった。
「……」
 家族が家にいなくても学校に行く必要はある。晩御飯も食べていない興の腹は今にも自壊しそうだったが、無理やりソレを押さえつけて彼は制服を着替えていく。
 洗っていない洗濯物をみて、母親の偉大さを知った。居間でずっと流れていたビデオは、まき戻って排出されているテープが顔を出していた。テレビは朝のニュースを垂れ流し、既に室温と同じ温度になったお茶がまだそこにのこっている。
 家族は居なくなっていた。
 封筒だけが、まだしっかりと部屋にある。






 久しぶりに連載することに。

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