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連載小説:002

002:log
 すぐ傍を、クルマが走り抜けていった。運転手の叫び声に、やっと興は目を覚ます。
 空腹による寝不足で、気がつけば歩道からずいぶんと離れた場所を歩いている自分を自覚した。足元を見て、さらに歩道を見て、前をみて、やっと興は自分の居る場所を理解した。
「おわぁっ」
 奇声を発して興は歩道へと戻る。クルマの遠くなっていく音を聞きながら、彼は恨めしげに通り過ぎて言った車を見続けた。
「結局、人の話を聞かなかったわけだ」
 背後からかけられた声に、興は弾かれるように振り替える。昨日聞いた、忘れもしないあの声だ。

「あ、んた」
「まるで親の仇を見つけたような顔をするな。残念だけど、私は君の両親やペットがどこに言ったかなんて知らない」
 何色か判らない髪の毛が肩の下まで伸びている。風にゆっくりとゆれている、ワンピースのすそ。背の高さは、興と同じぐらいだろうか。しかし口元に張り付いた笑みと、脳髄をえぐるような視線が彼女の印象の全てをさらっていく。
「その言葉を信じるだけの理由がない。今日帰ってこなければ、あんたを警察に突き出す」
「あまりに普通の反応で泣けてきたな。せめて短絡的に原因を求めようとするその思考はやめておいたほうがいい。私が犯人なら、なんで君の前に出てこなければいけない」
「う……」
「君の前に出る必要があるなら、身代金などの要求をなぜ私はしない」
「で、も。この封筒。護衛とか、なんとか」
 ポケットにいれてきた封筒。昨日興の部屋にあったあの封筒だ。それを興は取り出し、彼女の目の前に突きつける。
「ま、仕事だ。いや、アルバイトでもいい」
「何を言ってるんだよ!」
「その仕事を見事完遂してくれれば、私が代わりに君の家族を見つけてきてあげよう、という話しだ。この際私が犯人で、身代金の代わりにその仕事を要求してると取ってくれて構わないよ。好きにしてくれ」
 ぱたぱたと、彼女は手を顔の前で振る。まるで、説明も面倒くさいしどうでもいい、そういっているように。
「んじゃ、この封筒に書いてることをやったら、帰ってくると」
「そうそう」
「適当だなぁ」
「同感だ」
「でも、なんで護衛? 金とかじゃなくて」
「だから、私は誘拐犯ではないと言っているじゃないか。君は、バカだな。君が護衛を続ける限り、私は君の両親を探す。護衛は私には向いておらず、君には君の両親が絶対見つけられない。私は君の両親を見つける自身がアル。君があとは護衛を引き受ければ、利害の一致というわけだ」
 言い終わる前に、目の前で女性は興に背を向けて歩き出した。あとは、好きにしろといわんばかりに躊躇いのない歩調に、思わず興は手を伸ばして叫ぶ。
「あ、おい! 待ってくれよ」
 声に、足がとまって興は追いかけようと踏み出した足でたたらを踏む。
「わかった。護衛をするから」
 背を向けたままの彼女は、動かない。興からは見えない彼女の表情が、心底楽しそうに笑っているのも、彼にはわからなかった。
「その代わり、なんか判ったら逐一報告をくれよ」
 興の言葉に、ピクリと彼女は反応する。
「へぇ……考え無し、ってわけじゃないわけだ」
「それと――
 横をクルマが通り過ぎていく。向かい合った二人は、いくつか言葉を交わすと頷きあって別々の方向へと歩き出した。
 興と同じ高校の生徒がちらほらと歩いているのが遠めでも判る時間、彼は通学路とは違う場所へ向かって走り出していた。手には封筒に入っていた手紙が握られている。

 ◇

 閑静な住宅街といえば聞こえがいいが、実際はただ人が少ない田舎の住宅街といったところ。伸び放題の垣根と、誰も掃除しない落ち葉。夏の前だというのに、下手をすれば桜の花びらが見つかりそうなほどだ。雨にも溶けないタバコのフィルタが散見し始めると、公園が視界の端に顔を出す。公園としての機能は既になくしたのか、さびたブランコと触ればはげた塗装が手にこびりつくジャングルジム、虫の巣窟になっている銀杏の木が中央にたっていて、後は伸び放題の草むら。草むらをあされば、きっと十八歳未満には宝の山かもしれないものが見つかったり、心無いペットの飼い主の置き土産が転がってたりと、結構にサバイバルな場所だ。
 興も愛犬を散歩させるのに、幾度となくこの公園を使ったことがある。もちろん、興は忘れ物はしていない。とはいえ、基本的にはペットの散歩道とお金のないカップルのホテル代わりにしかなっていない公園だった。横をとおりすぎ、愛犬のベーコンを思い出しながら、手に持った手紙を見る。
 書かれている住所と、電信柱に書かれている住所を見比べながら、興は軽く走っている。
 ふと、先ほどの女性から言われた言葉を思い出して興は足を止めた。
 ――私は必ず君との約束を守ろう。君が守らなくても、ね。
 あの小ばかにした笑い顔に、興は言いようのない思いを抱いた。しかし、少し頭を冷せばアレがただの煽りだということぐらい、すぐにわかる。わかったはずだ。
 わかっているのに、なぜか体中がやる気になっていた。自分の単純さに興はため息を一つ。目の前にある表札に目を留める。
『小崎』
 手紙にある名前を照らし合わせて、興は頷いた。
 小崎・朝弓(こさき・あゆ)。同じクラスの女子の名前が、手紙には書かれている。住所も三回も照らし合わせて確認した。間違いなくここは、あの小崎の住んでいる家なのだ。
 勢いに任せて、チャイムのボタンに指を伸ばす。が、いっしゅん伸びた指は振るえて止まった。逡巡して、しかし握りしめた手紙に力をこめ、もう一度興は指を伸ばした。
 家の中に響く、チャイムの音はあまりにも間が抜けていて、興の思いなぞ知る由もないといったぐあいに風に流れていく。数瞬の間のあと、足音がきこえインターホンからノイズが聞こえてきた。
『はい』
「あ、あの小崎さん。小崎・朝弓さんいらっしゃいますか?」
『……朝弓でしたら、学校に行きましたけど』
 風が吹く。
 遠く、車が走る音が空々しく届いた。

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