スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

連載小説:009

009:log
 一日ぶりに、テンションがあがった夜道。初夏の風はいまだ肌寒いが、興には取るに足らない事柄だった。
 小躍りしながら帰路に着く。都心のように、夜遅くまでクルマどおりが激しいわけではない。だといっても、クルマどおりがまったくないといえば嘘だ。思い出したかのように路地に入り込んだ車が、興の横を軽い音を立てて走りすぎていった。
 クルマのライトに照らされるたび、興は自分の存在を確かめそして小崎の言葉をかみ締める。
 ――彼氏ってこと。

 青春真っ只中の自己中心的フィルタによる、ご都合主義に傾きすぎた記憶は、興にとって重要な単語だけを脳内で繰り返す。
 生まれて始めての、彼女。であるからして、仕方がないといえば仕方がない。心の中で何度もガッツポーズをきめ、今にも叫びだしたい衝動を足へと必死に流して興は走りだした。
 
 夜道は、彼にとって見知らぬ道だった。学校と自宅の間いがいの道は特に興味はなく、友人宅との通り道ぐらいしか知らない。だから、小崎家から自宅までの道のりは彼にとって見たことも無い道であった。
 とはいえ、山に囲まれたこの町でドコだか判らなくなるほど迷うことは、ありえなかった。ドコへ言っても町の中央にある病院は見えたし、山を背にした唯一の駅ビルもたいていの場所から見える。あたりを見渡せば、町のどの辺りに居るのか誰でもすぐにわかるようになっていた。
「……へへ」
 どうひいき目に見ても、気持ち悪い笑いを浮かべ興は町を歩く。
 と、興の足が止まった。
「あれ? ……ここは?」
 見たことが無い街並。いつも目印にしていた建物は、なぜか見つからない。背後を振り返っても、通ってきた道ではない道のようにみえた。
 迷子になった瞬間のような不安感。その不安はあまりに静かな路地を不気味に見せる。
 アスファルトを叩く、硬い足音がした。
 人がいる、そのことに安心したのか、興はあわてて人影を探すようにあたりを見渡した。が、なぜか人影はなくけれど足音は確実に近づいてきていた。
「……」
 昼にみた、養護教諭の仲間だろうかと思わず興は身構えた。が、あの時のいやな感じがしない。だが不安におそわれた感覚は、興にソレを気がつかせては居なかった。
「なんだ……?」
 思わず呟いた言葉に、足音が止まった。
「そこまで身構えなくてもいいだろう」
 声が真後ろからして、興は思わず悲鳴を上げた。
「嫌われた物だな。仕事のほうはどうだい?」
 振り返れば、見覚えのある姿がそこにあった。夜の闇に埋もれず、何色か判別のつかない髪の毛をゆらし、そこに事の元凶である女性が立っていた。
「あ、んた」
「ずいぶんとご機嫌だったけど、なにかあったのかな」
「べつに、なんも」
 特にガッツポーズも小躍りも、した記憶はない。しそうにはなったが。もし、心のうちが読まれていたら、そう考えると恥ずかしさのあまり興は卒倒思想だったが、なんとかポーカーフェイスを保つ。
「仕事のほうはどうする? いやなら断ってくれてもいいんだ。続けるかい?」
「あんたが、朝弓に渡した手紙に下僕とかなんとか書いてくれたおかげで、俺は本当に下僕扱いなんだが」
「それにしては、あまり不満げじゃないね?」
「……ぐ」
 そんなことは、そういおうとしたが口が動かなかった。
「ああ、そうか。君、マゾか」
「はぁ!? なにを」
「下僕になって喜ぶなんて、変態だな。と、変態といわれて喜ばれても困るな」
「な、なな」
 顔を真っ赤にした興を、楽しそうに女は見る。
「安心しろ、べつにそんなことで仕事しなくていいとは言わない。まったく、性癖ぐらいでうろたえるな」
「いや、うろたえるだろ! っていうか、俺マゾじゃない! ノーマルだ! ノーマル!」
「じゃぁなんで、あんなにうれしそうだったんだ?」
「え、いや……その。えーっと」
 目を細め、女は興をにらむ。見分するように興をみると、口元を引き上げた。
「へぇ。彼氏ってことに、ねぇ。まぁ、都合はいいね確かに」
「! あんた、なんでそんなこと」
「ただ、少なくても“彼氏として”ではなく“都合上彼氏という名目で”という現実はしっかり頭の中に入れておいたほうがいい」
 ――親には彼氏ってことにしてるから。
 鮮明に思い出される小崎の姿。本当になんでもない表情で、ただ事実を伝えている彼女。現実は、残念ながら興の思い通りではなかった。
「あ……あぁ」
 見るからに落胆し、興はうつむく。
「はっ、そこまで落ち込まなくてもいいじゃないか。ははっ」
 あまりに興の豹変がおもしろかったのか、女は腹を抱えて笑い出す。
「てめぇ! なにも其処まで笑わなくても」
「いやいやいや、べつに悪意はな……はは……もっと落ち着いて考えたらどうだ」
「なにを!」
「少なくても、嫌いな人間相手にとりあえず彼氏にして、とか言うとおもうかい?」
「……」
「嫌いな人間を、わざわざ家まで運ぶかい?」
「なんでそんなこと」
「私が、何を知っていてもそんなことは問題じゃない。それより、君は嫌いな人間を相手に、家に連れ込んだり、親に彼女だと言い訳をしてまでごまかすのか?」
「いや……」
「少しは自信を持ちたまえ。少なくても恋愛ゲームをしてるのではないことさえ覚えていてくれればいいよ」
「……わかってる」
「仕事はつづけてくれるのかい?」
「ああ。食事がままならないし――」
「それに下僕は快感か」
「――なっ! ちげぇって!」
「はははは、そう隠すな。よろしく頼むよ、美甘・興君」
 それじゃぁ、そういって女は興に背を向けると歩き出した。現れた時とおなじ、軽い足音を響かせ彼女は夜の闇に姿を消した。

 ふと、横をクルマが通る。ライトにてらされ驚きつつも興は道の端へよけた。
 よそらには、微妙な大きさになった月が浮かんでいる。

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL