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連載小説:010

010:log
 誰も居ない家で朝を向かえ、誰も居ない家を出る。家族のありがたさはいやというほど身にしみたが、それよりもなお現実が目の前に横たわっている。
 脱ぎ散らかされて制服をみて、母親がいないことを思い知る。小さな庭はたった二日で雑草が顔を出していた。なぜか汚れてない廊下が、少し汚れているようにすら見える。
 自分がどれほど怠惰な生活をしていたか、寝ぼけた頭に直接叩き込まれたまま興は、ふらふらと通学路を進んでいく。
 もうすでにノックアウト寸前といった体たらくで、頭の中では誰かしらに言い訳を考えている。一人暮らしをしている兄や姉と自分は違う、まったく準備もなく放り出されたのだ、自分が悪いわけではない。そうだ。自分ではないのだ。
「そうだ!」

 勢いに思わず、心の叫びが声に乗った。驚いて振り返る登校中の生徒が、訝しげな目で興を見る。あまりの気恥ずかしさに、興は思わず道を曲がって逃げ出した。
 幸い登校中の生徒は少ない。小崎の家へ向かうために早めに家を出ているのだ。自分の寝起きが、悪くなくてよかったと心底胸をなでおろす。
 これでもし、他人に起こしてもらえないとなるときっと自分は、昼間で寝ていたに違いない。
 其処まで考えて、あまりの恐ろしさに興は身震いをした。



「おそい」
「……ごめん」
「いってらしゃい」
 曲がり角を間違えて、道に迷った。結局興が小崎の家に着いたのは十分以上遅れ、玄関先で待っていた小崎ににらまれるはめになった。
 相変わらずにニコニコしている小崎の母親は、すっかり興を娘のいい人扱いしてるらしく、しかもずいぶんと気に入られたのか興たちを送り出してくれた。
「道にまよってさ」
「言い訳はいいから。走るよ。ココで襲われたら確実に遅刻だわ……」
 ため息混じりに小崎は振り返りもせずに走り出した。
 あわてて追いかける興。長距離戦をみこんで、其処まで速度は速くないがしかしのんびりというわけにも行かない速度だ。
「な、なぁ。アイツらって、なんなわけ?」
「だから、言える事はもう全部言った」
「……そうかよ」
 少しは信用してもらえたか、そう思っていたがやはりそうではなかったらしい。落胆を隠せない興を一瞥すると、小崎は眉をしかめてため息を一つ。
「私も詳しいこと知らないんだって。ただ、少なくても強くないから安心していいよ」
「はぁ?」
「私でも、一つ二つだったら壊せるもの」
 一瞬足をもつれさせ、興は倒れかける。
「とと……なんじゃそりゃ」
「ソレが現実でしょ。人に勝てるものが、わざわざ隠れて生息する必要性はないわけだし」
 そりゃそうだと、興は頷く。
「だから、代わりに弱点もないの。普通の人間相手にしてると思ったほうがいいから」
「――なるほどねぇ」
 強い敵には弱点がある。世の中のバランスはそうやって成り立ってる。まぁ、実際そうでもなかったりするが。現在というバランスが成り立つ限り、世界を殲滅できるような存在は不在なのは、今ココがある限り証明されているという話しだ。
「吸血鬼みたいに、光に当てたりとかじゃだめなわけな」
「……そ。だから、後味悪いから、よろしく」
「……」
 興は引きつりそうになる顔を、何とか押しとどめた。先日の、保健室の光景が思い出される。骨の折れる音、血液といっしょに飛び散る脳漿のみずっぽい音。
「他にアレについて質問は?」
「いや……ない」
 朝からテンションが下がるなぁと、興は呟き小崎の後ろを走る。
 結局二人はその後、学校に着くまで会話を交わさなかった。

 二人が教室に踏み込んだ瞬間、一斉に教室が沸いた。
 押し寄せる言葉の波に二人ともたじろぎ反応が出来ないで居ると、のそのそと二人の前に人影が一つ。
 自分よりでかい影に、興は思わず目を見開いて影の主を見上げた。
「おはよっ、朝弓ちゃん」
 大きさに似合わない、軽快な声。長い髪の毛は縛らずに流し、元気いっぱいの笑顔で小崎を見下ろしている。
 そこでやっと、その生徒に思い当たった。小崎とよく一緒に居る巨大女。といっても、平均的な男子生徒より拳一つ程度の大きさではあるので、巨大というのはいささか失礼な表現ではある。しかし、オーバーアクションな癖と、声の大きさ、さらにあまりに姿勢がいいために、どうしても大きく見えてしまうのだ。そのため、二年次のクラス替えから数ヶ月、既に影で巨大女と噂されてしまっている女生徒である。
「おはよ、衣緒」
「ん? あ、えーっと……」
 横に立っていた興を見つけたのか、空風・衣緒(そらかぜ・いお)はかがんでしっかりと興を見ようと覗き込む。
 同年代の女性に覗き込まれるという、あまり起こりえない事態に思わず興はたじろいだ。
「おはよっ、マゾ男君!」
 興の視界が真っ白になったのは、空腹の所為ではないのは確かだった。

「マゾ男、マゾ助、マゾも……。まぁ、他にも色々」
 机に突っ伏して顔を上げない興に、淡々と語りかけるのは彼の前の席に座っている峰時・鉄国(みねとき・くろくに)。興の制服と同じにはみえないほど綺麗な制服に身をつつみ、彼はめがねの向こう側から、興を哀れんだめで見ている。
「まじか……つーか、マゾもってなんだ」
「興の苗字である“みかも”からだろうな」
「このあたりはまだましで……、他にも色々あるけど、聞きたいか?」
「やめとく」
 教卓では、担任の教師が誰も聞いていない演説を一人繰り広げていた。さすがに担任がいるまえでは、騒がないのか今はたまに面白がる視線が飛んでくる程度だった。
「コレぐらい、予測できる結果だとおもうけど」
「あだ名は予想外だわ。あー、帰りてぇ」
「とりあえず、噂にはなってるんだが……、今まで二人に接点がないからそっとしとけば消える類の噂だ。とおもってたが、今日の登校はまずかったな」
「しかたねーじゃん……事実なんだから」
「……まぁ、小崎がおおっぴらに嘘をつくとは思えないし。ちょうどいい妥協点だね」
「妥協点ってなんだよ」
「もっぱらの議題は、君たちがどういう関係にあるのかというところだ」
 反論しようとして、思わず顔を上げた興においかぶせるように鉄国は、言葉を続ける。
「下僕という表現が、一体どういう状態を表しているのか、隠喩なのかそれとも直接表現なのか、隠喩であるのなら実際はどういったことなのか。直接表現なら、どういった経緯で二人は始終関係を結んだのか。下僕とは一般的なイメージでの下僕なのか。それとも、下男というみでの下僕なのか」
 まくし立てられ、興はぽかんと口を開けたまま鉄国の言葉を聴いていた。
「あ、あぁ……そうだな」
 教師が、ホームルームの終わりを告げる。日直の担当になった生徒がここぞとばかりに、号令をかけた。
 反射的に体を起こし、担任に向けてではなくただ腰を曲げるだけの礼を済ませると、一斉に教室は賑わいを取り戻した。
「マゾ男ー!」
「マゾじゃねぇ!」

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