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連載小説:012

012:log

 食事を他人の家でするというのは、多分永遠になれることが無いな、興は小崎の家を後にしながら思った。
 既に夜空には月が顔を出し、星もちらほらと見えている。夏前とはいえ、この時間はさすがに暗くなる。他人の家という不慣れと、小崎の母親の「娘のいい人」をみる視線に板ばさみにあいながらも、安定した食事にありつけることに感謝をする。
「ねぇ、マゾ男〜」
「だから……」
 何をおもったか、空風も晩飯をともにし今こうして一緒に帰り道を歩いていた。
「ご飯おいしかったね。マゾ男は、いつも朝弓ちゃんのご飯たべてるの?」
「何回説明したらいいんだ」
 額に手をあて、ため息を一つ。興は、横を歩く自分より背の高い女をみあげた。
「え〜?」
「だから、俺は小崎の家で世話になってるの。だから、小崎に逆らえないの」
 空風は首をかしげると、何をいってるのか判らないという顔をする。
「あーもー! 説明とかめんどい。すきにしてくれ」
「マゾ男は、朝弓ちゃんのこと好きなの?」
 いきなりの言葉に、興はぱかんと口をあけて固まった。

 好きとかそういう関係ではない、そのことを空風に伝えるのに興は一時間かかった。
 結局納得しれくたのかどうかすら怪しいまま、興はふらふらになりながら家に戻る。既にゴミが溜まり始めている自宅をみて、さらに疲れが自分の肩にのしかかってくるのを感じながら、興は玄関で座り込んだ。
「あーくそ、つかれた……」
 学校で質問攻めに合い、帰りは帰りで空風の誤解を解き、明日も同じことが繰り返されるのか、そう考えると興は登校拒否になりそうな自分を見つける。
「ああ、いっそ引きこもりに……」
 次第に人の住んでいる気配が薄くなっていく家の匂い。いまだ母親が飲みかけていたお茶は入ったままで、ゆっくりと蒸発し続けている。既にコップの淵には、茶渋がこびりついていた。
 服を脱ぎ散らかしながら、興はふらふらと自分の部屋に戻る。ココだけは何も変らないで居てくれることに、少し感謝と安心をしながら布団にもぐりこんだ。



 少しぐらい、忘れてもいいだろう。
 それは甘えだったかもしれないが、誰も攻められるものでもない。
 誰も悪くないのだから。誰にも責任はない。だから、誰の所為にも出来ない。

 毎朝毎朝の繰り返しというには、ここ数日の変りようはソレこそ大事件にも匹敵する。
 調子をくずして、風邪を引くというのは、致し方がないのかもしれない。
 熱っぽい頭を抱えながら、興は小崎の家までやってきた。
「はい、お弁当。朝ごはんも」
 興はソレを受け取ると、いつものように小崎の一歩後ろを歩く。
「ねぇ、興。顔色悪いけど」
「あ、判る? 風邪っぽい」
 同時、音をたてて小崎は興から離れた。
「うつしたら殺す!」
「其処までいやがらなくたって、いいじゃねーか。ちゃんと仕事をしようとする姿勢をほめてくれよ!」
「はぁ? 仕事はちゃんとするのが当たり前でしょ。なにいってんの? 呼吸して誰がほめてくれるわけ?」
「う……」
「私だって、興にお弁当もってきても感謝されてもほめられたことはないけど」
「う」
「もしかして、感謝と賛美が同じだとおもってないでしょうね? 感謝ってのは、ありがたさを感じて言葉にすることで、褒めるってことは高く評価したことを言葉にすること。やって当然のことにありがたさを感じても、それを高く評価することなんてありえないでしょ」
「……たしかに」
 言いくるめられ、萎縮する興。弁当も食事も、小崎の母が作ったのに、なんていう言葉はさすがにいえなかった。
 ふと、背を向けていた小崎が振り返った。
「毎朝迎えにきて、わざわざ私を護衛してくれて感謝してるよ興」
 背筋に走った寒気は、風邪の所為だろうか。興は、直立不動のまま動けなくなる。
 二人は道幅ほどの距離をあけ、向き合ったまま動きをとめている。
「……」
「……」
 数呼吸の間だったはずだが、とても長い時間そうしているように思えた。
「おはよー、朝弓ちゃん、マゾ男ー」
 空風ののんきな声に、興はあわてて振り返った。顔がほてっているのは、恥ずかしさかそれとも風邪のせいか。
「おはよう、衣緒」
 まるで何事も無かったように、小崎は空風に挨拶をした。連れ立って歩く後ろ姿を、興は固まったまま見送る。
「……くそ」
 いいようにもてあそばれてるのが判っていても、体が反応できないのだ。熱でボーっとした頭をふりながら、興は二人の後を追いかけるように走り出した。

 ふらふらと学校にたどり着いたのは、いつものように余裕のアル時間だった。
 きょうも、愛妻弁当か。茶化してくる鉄国の言葉にも答えないまま、興は机に突っ伏す。
「風邪?」
「そのバカにした言い方はなんだよ」
「いや、関心してるのさ」
 顔をあげると、めがねの奥の目が薄笑いを浮かべている。
「バカでも風邪が引けるんだとね」
「てめぇ……」
「いいのかい、今日の平穏は僕の尽力だってのわかってるかい? 興」
「お前、最悪だな」
「僕の状況は最悪じゃないから、安心してくれ」
 まるで玩具だ、そんなことを考えながら興は目をつぶる。
 冷たい机の感触が、いやに気持ちが良かった。

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