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連載小説:017

017:log
 鉄国が家に電話をし、外泊する旨を連絡し終えたころ、のそのそと二階から小崎がおりてきた。
 怪我はしていないから、特に心配することもないと鉄国は高をくくっていたのだが、小崎の表情をみてその考えは一気にうせた。
「お、おい! 大丈夫か?」
 大病人が降りて着たのかと思うほど、精気がなく代わりに鬼気迫る死の匂いのようなものがする。一瞬、物の怪の類かと思ったほどその姿は危機迫る物だった。
「……大丈夫。衣緒は? それと、興に氷枕を……」
「わかってるわかってる。あいつのことは心配すんな。家に連絡もすんだし、俺がやるよ。空風なら、居間でテレビみてる」
 何か言いたそうな小崎に、無理やりまくし立て鉄国は小崎を居間においやる。
「とりあえず、興の服着替えさせてくるから」
 同年代の男の服をと考えるだけで鉄国の顔はみるみるテンションを下げていく。
「それなら、私がやったから」
「……」

「えーと」
「私が着替えさせたから」
 空白がぽつりと落ちる。油の切れたちょうつがいのように、ぎりぎりと回りながら鉄国はふりかえす。視界のすみ、ふらふらと居間の座布団にへたり込む小崎が見える。
「いや、えーっと……」
 ――何も聞かなかったことにしよう。
 鉄国はそのまま、冷蔵庫に向かうと氷を取り出していく。まるで、作業に没頭して何もかもを忘れようというような、やけくそな動きだった。
 背中でけらけらとのんきに笑う空風の声を聞きながら、鉄国は出来上がった氷嚢をもって二階へ。
「おーい、って寝てるか」
 眼鏡をずりあげながら、鉄国がはいるときっちりと寝巻きに着替えさせられた興が寝かされていた。
「……これじゃまるで小崎のほうが」
 その先は考えまい。鉄国は首をふると、興の頭に氷嚢を載せる。冷たさに興がうめいたが、鉄国のしるところではない。彼はため息をつくと、立ち上がり部屋を見渡した。
 彼がつけた電灯で部屋はほのあかるいが、まぶしくはない。寝るには寝れる程度の光のなかで、淡く照らされる興の部屋は鉄国の記憶からさほど変ってはいなかった。
 他人の家の匂いというのは中々なれないもので、マンション暮らしの鉄国にはこの木造の古めかしい匂いがなんとも落ちつかないものにさせる。
 興の横で胡坐をかき、うんとうなだれ彼はじっとその場から動こうとしなかった。しかし、眼球はせわしなく動き、ぱたぱたと足がリズムを刻んでいる。
「いったい、お前は小崎なんなんだよ。興……」
 答えが見つからない。なにか必要な物が抜けてるのだということは、わかっている。だが、それが想像しうるどんな事柄でも納得のいく答えが見出せないのだ。
 ふと、鉄国はこんな風になるまえの小崎を思い出す。あまり目立つ女子ではなかった。とはいえ、目立たないといえばそうでもなく空風とともによくいるのを見かけた記憶はある。
 必死で思い出す記憶のなか、ひょうひょうとクラスのなかでいじめられず目立たずかといって影も薄くないポジションを旨いこと――
「!」
 鉄国は一つのことに思い出す。記憶の端々にある小崎の姿。必死でさかのぼると、彼女を見たことのある記憶は入学当初、去年の春辺りまでさかのぼれる。そして、その時の小崎の表情と、今の表情にあまりにも差があることに鉄国は気がついた。
 ――何があった?
 なれない学校生活から、学校になれたというような変化ではない。去年の春、ソレこそ入学当初の小崎の姿は本当に普通の女子だった。いや、今ドコが違うのかといえば鉄国には答えはない。だが、明らかに彼女のまとう気配が変っているのだ。
 まるで、人殺しでもしたのかというぐらいに。

「くろちゃーん」
 いきなり背後から声を掛けられて、鉄国は飛び上がるほど驚いた。
「ど、は……そ、らかぜ」
 廊下から覗き込むように顔だけをだし、空風が笑っている。背が高いので、一瞬人ではなく見えた。向けた視線の先よりうえに顔だけが浮かんでいるのだ、ソレは驚く。別に空風が悪いわけでも、鉄国が失礼なわけでもない。
「? どうしたの? 朝弓ちゃんが、ご飯どうするかって」
「あ、ああ。すぐ行くから待っててくれないか」
「はーい」
 そして、ひょいと顔だけが消える。あれで血色がわるかったら間違いなくホラーだ、鉄国は跳ね上がる心臓を押さえながら大きく息を吐いた。
 ――人殺し。
 同じクラスになったときから、小崎の様子はとくにかわっていない。浮世離れした印象とでもいうか、いやでも目立ちそうなその雰囲気を、旨いこと立ち回りなんとか目立たないように抑えているのだ。しかし、ソレをやめた。興を下僕と呼ぶことでソレは崩れた。
 目立たないことでしか守れない何かが、興を得ることで守れるようになった。ということだろうか。
 まるで、騎士を得た王。御忍びだった王から、護衛を得て王と名乗れるようなったといわんばかりの豹変ぶり。
 なるほど、下僕というのは的を得ている。
「くろちゃーん!」
 下階から声が掛けられる。
「いまいくー」
 ――王と騎士ねぇ。
 大体、何から守るというのだ。興はただの高校生だというのに。
 自分の考えに苦笑する鉄国。
 鉄国は胡坐をかいたままでしびれた足を引きずりながら、階段を下りていく。ふと、王に守られる騎士の姿を想像して吹き出した。それはまるで許されざる恋話のようで、傑作だ。ラブストーリーというよりはラブコメだろう。
「くろちゃーん。お腹減った! ご飯!」
 空風の叫び声が今から聞こえる。
 変な考えはとりあえず思考の墨にやり、鉄国は笑いながら頭をさげて今に顔をだした。

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