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連載小説:018

018:log
 ゆらゆらと揺れていた気持ちよさが無くなって、代わりに腹の底から冷えるような寒気がやってきた。興は、その寒さに身を縮めるように丸くなる。
 自分の家の匂いがすることにきがついて、ふと意識が覚醒する。けれど、それもいっしゅんで開いた目はすぐに閉じられた。
 目から入ってきた情報に、頭痛を吐き気がやってきたのだ。まだ、脳みそが本調子じゃないらしいと興はともかく目をつぶり体を丸めて時間がたつのをまつことにした。
 既に眠気はない、が起きる気力もない。
 そんななかで、もぞもぞと布団の中で動くといつもの感触がかえってきて安心したのか、力が抜けるように息をはきだした。
「起きたのか」

 かけられたこえに、動いていた体が止まる。目をあけずとも、興には声の主がわかってるのか、少しわずらわしそうに体を一度振った。
「まぁ、風邪のくせに無理しすぎた所為だ。呪うなら、自分を呪うんだね」
 鼻で笑うような声色だったが、どこか安心したような雰囲気を背中にかんじ、興は布団のなかでうずくまりながら笑みを作った。相変わらず興は返事をせず、興の背のほうで据わっているであろう誰かも、それを期待はしていなかった。
 下階からテレビの音がたまに耳に届く。聞こえやすい音域だけが届くので、テレビ自体が何を言っているのかは判らない。ただ、テレビがついてることは布団をかぶったままの興でも判った。
「なんで君は、そんなになるまで」
 呆れたといわんばかりの言葉。興も自分自身で判っているのか、何も言わずただその場でじっとしていた。
「そんなに、小崎のことが好きなのか」
 その言葉は、覚悟していたはずだった。幾度と無く自問自答してきた問題だったのだから。いつしか、誰かからそういうことを聞かれると、興は覚悟していた。
 はずだった。
「ち、がう!」
 思わず布団を跳ね上げ立ち上がる。そしてその反応が全てを物語ってるのだといわんばかりに、薄い笑いを浮かべて自分のことを見上げる鉄国の姿を見た。
「じゃぁ、なぜか教えてくれないか」
「……」
「小崎は、君とつながりはなかった。僕のつたない記憶力でも判断できるほど君は小崎と接点がない。なにがあったんだい?」
「べつに」
 ふらふらしながら興はゆっくりと布団に戻っていく。彼の暗い表情は病気だけのせいではないだろう。
「別にじゃないだろう」
「何でそんなこと、いわなきゃいけないんだ」
「……聞きたいから」
「だから、食事の面倒見てもらうかわりに」
「下僕になれって?」
「そういうこと」
 納得行かないという顔で、鉄国は興をにらむ。
「気になってるのはそこなんだ。食事で、なぜ下僕? 意味がわからない、最近はやりのツンデレか? 他に理由があるんだろ? ソレが何かわからない」
「……」
 押し黙った興をみて、鉄国はため息をつく。
「そうだな。まるで親を人質に……いや言い方が悪いな。きみの両親についてなにか取引があったとか」
「!」
 思わず体が動いた。
「……あたりか。しかし小崎に悪意は感じられなかったし、君も納得してる節がある。せいぜい、今まで小崎の下僕だった人間と取引をした、といったところかな。どうだい? あってるかな? 結構自信はあるんだが」
「ぐ……」
 何もいえなかった。かといって、アレについて説明する言葉を持っていない興が、何かを伝えることはできなかった。ただ、否定も肯定もせず固まるのみ。
「そうか、あってるか」
 一瞬、部屋の温度が下がった気がした。うれしそうに笑う鉄国を枕から見上げ、思わず興は後ずさるようにして鉄国から離れる。
「おっと、どうしたんだ興。寝てないと土日を無駄にするぞ」
 しかし目の前に居るのは、いつもの通りの鉄国だ。
「……あ、あぁ」
 足音が聞こえた。とんとん、と軽い足取り。聞き覚えのない足音に、興は思わず身を乗り出して部屋の扉を見る。
「ん? どうした?」
 興につられて鉄国が、振り返る。
 ドアノブががちがちと、けたたましい音をたてまわされるとゆっくり扉が開く。古いとはいえ、さび付いてるわけではないちょうつがいが、キィと軽い音を立てた。
「興、起きてる? おかゆを――」
 言葉はそこで途切れた。
 最初に部屋に響いたのは床を蹴る音。次に聞こえたのは、おかゆが乗っていた盆が何かに叩きつけられた音だ。
 そして、椀が転がる音。
 最後に耳に届いたのは、骨がへし折れる音だった。
「な、なな……」
 赤い、赤い血の匂い。薄暗い部屋では赤は咲かず、なんだか黒く見える。だが、匂いだけは鮮烈だった。そして粥の匂いと混ざる血の匂い。
「うっ……」
 食事の匂いとまざった血の匂いというのは、あまりにも異質だった。空腹も手伝い、体が食事の米の匂いに反応する、が一緒に体中にしみこんでくる血の匂い。
 目が回るような状況に、興は思わず悶絶し布団から飛び出る。
 振り返った先。
 薄暗い明かりに輪郭を描いていた。
 鉄国の、
 顔だけが、
 こちらを見て、笑っている。
 唇と瞳に光を映し、興を見上げ笑っている。
「ひはははははは! あっているか! あっているか!! そうか! もう、アイツはいない! 居るのはこんなくだらないガキ一人! ひ、ははははははあ!」
 鉄国の声で、鉄国の口調で、鉄国の顔で、鉄国の鉄国の鉄国の鉄国の鉄国の――
「う、あああああああああああ!」
 興は尻餅をついた格好のまま、ずりずりと部屋の隅まで後ずさった。
「興」
 小崎の呼ぶ声も聞こえない。友人が死んだ。目の前で首を吹き飛ばされて、笑っている。
「ああああ!」
「興!」
 泣き叫んだ興の耳に、小崎の言葉は届かなかった。

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