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連載小説:019

019:log
「ひはははははははハハハハはあはは!」
 耳障りな笑い声だけが聞こえ続けていた。
 薄明かりのついた部屋、既に視界に色彩はなく鼻を突き胸糞の悪くなる匂いだけが頭をかき回す。興は幾度と無く戻したが、胃の内容物がないのか、胃液だけが吐き出され、今もなおえずいていた。
 知り合いの、それも仲のいい友人の生首。
 しかもそれが、知り合いの手に掴み上げられ、さらに笑っている。
 目を背けたい現状で、しかし恐怖と体調不良で思うように動けないまま興は壁に背をあずけうずくまるようにして、嘔吐を繰り返している。
「興」
「……はっ、はっ……」
 荒い呼吸で、興はねめ上げるように小崎をにらんだ。その視線は、どこか友人の仇を見るような怒りと憎しみが見て取れる。
 しかし小崎はまったくその視線を意に返さず、興を見下ろして言葉を続けた。
「君が殺せ」

 ごろんと、重たいものが目の前に転がされ、思わず失禁しそうになる。人間の頭は思ったより回転するのだ、などとどこか冷静な思考が頭のおくのほうで感心したように呟いた。
 鼻を床につけたところで回転がとまり、右目だけが興を覗いている。いまだ笑い声は止まらず、鉄国の声が耳のなかで爆発するように広がっていくのがわかった。
「興! 貴方がやろうとしていることは、こういうことなの」
 小崎の怒鳴り声に、興は驚き身を硬くする。
「知り合いそっくりの肉片をすりつぶして、知り合いそっくりの声で悲鳴を上げられながら、それでもなお、知り合いの前で笑っていかなきゃいけない」
 小崎は笑っていた。友人に、なにか勉強を教えてるときのような優しい笑みを浮かべている。
「やめるなら今のうちだから」
 笑っている。なのに、興にはその笑顔がどうしても笑顔に見えなかった。
 真っ白でなにもない空白。
 興は胃液とよだれと鼻水に汚れた顔を、小崎に向けたまま動けない。既に匂いも、嘔吐感も、なにもかもがなくなっていた。
 遠く、鉄国の声ににた笑い声が聞こえている。
「こんなことしなくてもいいの。あの女の人は、ちゃんと興の両親を見つけてくるから。だから、もうこんなことやめてもいい。私は一人でもやっていけるから」
 眉尻をさげ、小崎は笑う。けど、興にはもうその顔は笑顔にはみえなかった。
「……そしたら小崎が」
 呟いた言葉に、小崎は顔を振る。
「きにしなくていいの、慣れてるから」
 笑っている。
「私はもう」
 笑いながら泣いている。
「衣緒を五回も殺したから」
 小崎は泣いていた。



「ひはあああはははは! 次はどうするかな!? お前の母親かな? ひひっ それとも兄弟か? それとも、このいまいましい女がいいか! そうかそうか! ひ、あはあひはあはははははっはははは!」
 笑い声が聞こえる。
 肺もないくせに、大きな声を上げて笑っている。小崎は、泣いていた。何も言わず大丈夫だといいながら、泣いていた。
「変な事をさせてごめん」
 笑い声の向こう側で、小崎の呟いた言葉だけがいやにはっきり聞こえた。
 興は思わず顔を上げる。鉄国の顔が笑っている。其処へめがけて小崎は足を振り上げた。
 反射だった。
 思わず、ケタケタと笑う顔を先につぶさなければと誰かが叫んだ。誰かが叫んだと思ったときには、体が飛び出していた。転がった頭にめがけて、拳を振り下ろす。
 躊躇いもなく、恐れもなく、ただただ反射するように拳が弧を描き叩き降ろされた。
 手にいやな感触が返って来る。人間の出来損ないのようなそんな、ものが目の前でいや、拳のしたで崩れていくのがわかった。骨がいとも簡単にぱきぱきと割れ、ぬるりとした液体のようななにかが手に触れる。肌がすべり、内側の肉を引きずり血管を引き裂いていく感触。
 手がすべり、興は思わず前のめりになる。このままではヘッドスライディングのような格好で、脳漿をぶちまけた肉の上に腹を滑らせる結果が待っている。
「!」
 無理やり体をひねり。その場から逃れるようにして興は転がった。

 それが悪かった。

 小崎は、諦めていた。誰もこんなことに耐えられないのだ。自分も耐えられない。けれど、自分は逃げられない。自分には、アレがわかる。だから、アレに狙われる。だから、自分は逃げられない。どこまでも永遠に。けど、興は違う。巻き込まれただけだ。興にはアレが判らない。だから、自分とつるまなければ、見てみぬふりが出来る。
 普通は逃げ出す。こんなこと。たとえ違うとわかっていても、知り合いのに、友人に、親族にそっくりなものが壊されるのを見ていられるわけがないし、自分で壊せるわけがない。
 壊せるのは、逃げられない場所にいた自分と、ソレを助けてくれたあの女の人だけだ。
 だから、小崎は足を振り下ろした。
 が、その時にはもう興のこぶしが鉄国を破壊していた。気味の悪い音をたて、かえるがつぶれたような声をあげ、崩れた。
 そして、足の下にあるのは興の頭だった。手に勢いがつきすぎて滑ったのだろう。勢いよく振り下ろした足だ、たとえ女性の足とはいえ、興は体制を立て直しているし手加減もマッタクない。危ないと、心が叫び、気がつけば無理やり足を横へ。

 それが悪かった。

「ぐぇ」
 小崎の伸ばした足は、よけようと思わず横に。そしてその足の行く先に腹を上にむけて転がった興が。
 みぞおちに、かかとがめり込み興がうめき声を上げる。既に血の匂いはなくなり、興の手にも顔にも返り血すら見当たらない。興がもどした胃液の匂いがけが少しする。
 大また開きで興を踏み潰す自分をみて小崎は驚き動けず。
 仰向けで全体重をみぞおちに入れられ、呼吸が止まり気絶しかかった興も動けず。
 騒ぎに二階へあがってきた鉄国と衣緒が見た姿は。
 ――どう見ても、女王様が下僕を踏み潰す姿にしか見えなかった。

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