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連載小説:020

020:log
 どこか、間の抜けた雰囲気の底のほうに、なんだか言いようのない緊張感がヘドロみたいにして溜まっている。
 お粥をいれていた椀が布団の上に転がり、乗せていた御盆も部屋の隅に転がっている。かけ布団も跳ね除けられぐしゃぐしゃになったままで、薄暗い部屋には埃と粥と、あとは興の吐しゃ物に空気を埋め尽くされていた。

 どこにも、アレの匂いはなく。色も欠片も残っていない。

 足元で咳き込んでいる興を見下ろして、あわてて小崎は足を退けた。
「ごほっ……」
 かなり深く入り込んだのか、いまだに興はぐしゃぐしゃの顔を治そうともせずに、咳き込んでいた。
「あー、つまり」
「つまり?」
「興がお粥を食べさせてもらう段階でだ」
「ふんふん」
「体調の悪い興は、いきなり上半身を起き上がらせたことで」
「ほうほう」
「気分が悪くなった」
「なるほど!」
 廊下から顔をだして鉄国と衣緒が話しこんでいる。
「薄暗いのでソレに気がつかなかった小崎は、無理やり興の口にお粥を運び」
「ほほー!」
「気分が悪いところに、食事が目の前に来て吐き気が一気に喉元を上がり!」
「おおお!」
「吐きそうになったが、男の意地でこらえた!」
「すごい!」
「さらに、被害を最小に抑えようと部屋の隅にあるゴミ箱に駆け寄ろうとした!」
「おお! 男だ!」
「が、熱でふらついていたために小崎がもっていた盆にぶち当たり」
「あちゃー」
「お粥はパー。体制を崩して倒れる興に、好意をむげにされたご主人様は折檻!」
「なるほど!」
「ということかな?」
 いつの間にか目の前に立っている小崎に、鉄国は笑顔で聞く。鬼のような形相に
「そうなの?」
 くったくない笑顔で衣緒もまた小崎をみる。
「折檻以外は、大体あってる」
 ため息をつき怒りの向けどころをなくした小崎は、鼻息荒く二人に背を向けると倒れてる興にずかずかと近づいていった。
「興、顔あらってきたら? 立てない?」
「……」
 しかし興は答えず、ひゅーひゅーと荒い息を繰り返している。視線を一度小崎に向けたとおもったしゅんかん、すぐに視線を外す。
「ごめんってば。事故なんだから、そんなに怒らなくても……」
「……いや、怒ってないって。ごほっ……つつ〜、自分から喰らいにいったんだし」
 気まずそうに立ち上がると、興はふらふらと廊下に向かって歩き出した。
 なんだかよそよそしい興の態度に小崎は首をかしげるが、特に気にした風もなく倒れそうな興に手を伸ばした。
「だ、大丈夫だから!」
 だが、延ばした瞬間興は電気で貫かれたように驚くと跳ねるようにして部屋をでていった。
「? 興?」
 事情が飲み込めていない小崎は、はしって興の後を追いかけていった。
 取り残されたのは、鉄国と衣緒。
「ありゃぁ、見たな」
「なにを?」
「なにって、そりゃ小崎のスカートの中身に」
「ほほー」
「誰に寝巻きにされたのか知ったらもっと大変な事になりそうだ」
「秘密?」
「ああ、知らないほうがいいだろうな」
「はーい」

 頭がいたいのは熱がまたぶり返してきた所為だろうか。興は、洗面所で顔を洗いながら考える。冷たい水で口の中と顔をあらってやっとすっきりはしたものの、いまだに頭はもやがかかったようにはっきりしない。
 あの時、鉄国たちが着てくれて本当に良かったと、興は思う。あのままだったら、泣きそうだった小崎をみて何も出来なかったままだったら、そう考えると背筋に寒いものが走った。
 問題はただ先送りになっただけだ。笑いながら涙も流さず泣いていた小崎をみて、思わず出たこぶし。そこに手にのこったいやな感触。こんなこと繰り返してたら、自分も小崎みたいになるだろう。そんなことは興でも判る。人を殴ったところで骨が折れるような腕力はない。しかしアレは、いともたやすく折れ、潰れ、壊れる。
 ぞくりと、体中にはしるのは寒さやイタさではなくて嫌悪感だった。心のどこかで、まるで自分が強くなったと錯覚し、その力に狂気しているものがいる。それとともに、人と同じ感触の何かを壊してしまったことによる、越えてはいけない一線を踏み越えた恐怖。それがまざって嫌悪感として興のなかでぐるぐると回っていた。
「興」
「……あ」
 出しっぱなしになっていた水の音にまじって、小崎の声が届き興は振り返った。
「胸、大丈夫?」
「う、ん。もう大丈夫だ」
 部屋を逃げ出したのは、小崎の所為じゃなかった。鉄国がいたからだ。あの顔を自分は殴りつぶしたのだ、その事実に体中が粟立つ。
「こんなこと、五回も……」
 耐えられそうにない。
「家族も入れれば、もう数えられない。」
「……」
「だから、やめても誰も文句なんていわないの。こんなこと……」
 でも、小崎はないていた。
「お粥ごめんな。もうちょっと寝るわ」
 話を遮るように興は洗面所を後にする。そのまま廊下にでたところで振り返る興。
「やるよ。くいっぱぐれたほうが命の危機っぽいし。アレのことならできることなんでもやってやるよ、ご主人様」
 ぱたぱたと手をふって、興は階段を登っていった。
「……」
 小崎は何も言わない。知っているからだ。だから何も言わない。
 自分にはまだアレがアレだとわかる。が、興はどうだ。本当にコレでいいのか。
 小崎は何も言わない。ただ一人洗面所で立ち尽くしていた。




 GWは更新お休みデース。
 といっても、感想も貰ったこと無いので報告する必要性が見当たらないのだけど。もしかしたら居てくれるかもしれない読者様のために報告〜。

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